またまたいいお題が来てしまったので、
9/14に投稿した『君と見上げる月』の続きを書きます。
『クジラの落とし物』というタイトルで連作にしようかな。
【前回のあらすじ】
終焉が近づく仮想世界。NPCのセイナとマドカはノアの方舟を目指すが、村の外れで見えない壁に阻まれる。手にした搭乗券のIDから、持ち主は【クジラ】と呼ばれる重課金プレイヤーだと判明。娘を探すプレイヤー・ユミと出会い、協力を約束する。
◇
「まずは情報収集よね」
私が話を切り出すと、マドカが何かを思い出したように言う。
「じゃあ、情報屋に聞くのが一番じゃない?」
この村には、プレイヤーの冒険をサポートするための情報屋が店を構えている。アイテムや機能の説明をはじめ、この世界で起こる様々な出来事について、助け舟を出してくれる存在。
私はマドカとユミを引き連れ、村の中央にある情報屋を訪ねることにした。
「ありがとうございます。見ず知らずの私のためにここまでしてくれて」
ユミが声をわずかに震わせながら頭を下げる。
「いいんですよ。私たちも人探しの最中なので、いいきっかけになりました」
「ちょうど退屈してたしね――」
マドカが軽い口調で言う。なぜかその言葉に小さな違和感を覚えた。
「あぁあ……」
ふと、マドカが両腕を頭の後ろに回して虚空を見上げる。
「世界が終わるってわかってたら、もっと贅沢したのにな」
「贅沢だなんて……。私たちはNPCだから、無理だったんじゃない?」
思わず私は真面目に返す。
「いやいや、できるでしょ。だって、こうして考えられるんだもん」
マドカの嘲るような笑顔を見て、ようやく先ほどの違和感の正体に気付く。
――そうだ。私たちは自分で考えることができてる。
これまで自分がどんな思考回路で生きてきたのかがはっきりとしないが、少なくとも毎日同じ行動をして、同じセリフを繰り返すだけの存在だったはず。
今、こうして自分の願望を語ったり、ユミと普通に会話ができている状況は、とても特異な状況なのではと思えた。
「――セイナ、どうかした?」
「ううん、何でもない」
私はセイナの心配そうな顔に気付いて、考えを振り切る。
やがて、石畳の先に情報屋の看板が見えてきた。
小さな木造の小屋の扉を押すと、カウンターの向こうに少年が待っている。まだ声変わりもしていない声で、彼は元気よく言った。
「俺は情報屋。わからないことがあれば何でも聞いてくれ」
決まり切った定型文。彼の頭上には『アイテムについて』『戦闘について』など、様々な選択肢が浮かんでいる。
「この世界のどこかにいる娘を探しているんです」
ユミは情報屋に尋ねた。しかし、彼は表情一つ変えずに「選択肢から選んでくれ」とだけ返す。
「あっ……、これ使えるんじゃない?」
情報屋の頭上にある選択肢を探っていたマドカが声を上げる。
そこには『システムについて』の項目にぶら下がるようにして『ユーザーID検索』の項目があった。
「うん、使えるかも!」
私はマドカと顔を見合わせる。マドカも糸口が見えたことに安堵したのか、笑顔を見せた。
「ユミさん、娘さんのIDは分かります?」
「それが、私もこの世界に来たばかりで、情報は何もないんです……」
ユミが困惑した表情を浮かべながら肩を落とす。
「もしかして――」
私がそう言いかけたところで、マドカがカウンターの上に搭乗券を突き出して言う。
「それなら、まずはこっちを調べてみない?」
ユミは小さく頷き、「少し待っててください……」と言い残して無言になる。
しばらくしてユミが再び口を開く。
「IDの持ち主は【ユト】さん……。【クジラの丘】というところにいるみたいです」
マドカの目が一気に輝く。
「まずはそこに向かってみましょう。どうせ世界は終わるんだから、まずはやれることをやらなきゃ」
私たちは決意を新たにし、意気揚々と情報屋を後にした。
目指すは村の外れにある高台。重課金者だけが入れる専用エリアに彼はいる。
#もしも世界が終わるなら
9/18/2025, 12:24:11 PM