・たそがれ
その妖怪は、毎日、黄昏時を楽しみにしていたんだ。
なぜかって?
黄昏はもともと、誰そ彼、と言ってね。暗さで、相手をぼんやりとしか判別できない、という意味があるんだ。
おそろしい姿をした妖怪は、日の下では人間たちを怖がらせてしまうからね。黄昏時は都合が良かった。
月のない夜の、薄暗い小道なんかは最高だよ。
道ゆく人に声を掛け、束の間の会話を楽しみ、空が白み始めると同時に姿を消す。
その妖怪は、そんな生活が結構、気に入っていたんだよ。
***
そう、兄者はいつも、さみしそうに笑っていた。
題名は、「嫌われ者の妖怪」。
人間好きの、優しい妖怪。悲しくて、愛しくて、たまらなかった。
私なら絶対、朝が来ても妖怪のこと。こわがったりしないと、誓ったのに。
眼下には、何層にも重なった道路。行き交う、無数の車。
妖怪が愛した薄暗い小道は、もう存在しない。
あの頃の私は、知らなかった。
兄者がいつも、顔を隠していた理由を。
政府の開発から逃れた、辺境の山奥に住んでいた理由を。
後悔しても、もう遅かった。
黄昏。ネオンサインが滲んでいく。
10/1/2023, 1:58:28 PM