〈凍える指先〉
彼女の指先は、いつも冷たかった。
付き合い始めて間もない頃、俺は駅前の待ち合わせ場所に十五分も遅れてしまった。予想以上の混雑で電車が遅れたのだ。
息を切らしながら改札を出ると、コートの襟を立てた風美(ふみ)が待っていた。
「結構待った?」
「寒かった」
彼女は少し口をとがらせる。
「カフェで温かいもの飲もうか」
慌てて店を探そうとする俺の頬に彼女は少し背伸びをし、手を当てた。
「あったかい」
彼女は微笑んだ。その笑顔に、俺の心臓は過去最高の心拍数を叩き出す。
初めて握った彼女の手はひんやりと冷たかった。
それからというもの、冬のデートでは彼女が俺の頬に手を当てるのが定番になった。
ある時なんて、背後から不意打ちのように触ってきたものだから、俺は情けない声を上げてしまった。
「陽介さんはいつも温かいんだもの、こうして温まるのが一番」
風美はあの笑顔で、俺の驚く様子を心から楽しんでいた。
──
あれからいくつかの冬が過ぎた。
「俺、今日は直帰だから迎えに行くよ。慌てないでいいよ」
通話を終えた頃に、保育園に着く。
「パパー!」
門をくぐると、娘の風花が駆け寄ってきた。外遊びをしていたのだろう、ほっぺたが赤く染まっている。そして──
「つめたい!」
風花の小さな手が、しゃがむ俺の頬に押し当てられた。
『同じ笑顔なんだよなぁ』
目を細めて俺を見上げる風花の表情は、あの日の風美にそっくりで、俺は思わず苦笑した。
「手袋してなかったから冷たいでしょう」
担任の先生が申し訳なさそうに言う。
「ママもこうしておててあたためるのよ」
風花が得意げに説明すると、先生は「あらあら、なかよしさんなのね」と微笑んだ。
俺は少し照れくさくなって、風花の頭を撫でた。
風花と手をつなぎ、商店街に向かう。さすが子供だ、風花の手はすっかりぽかぽかに温まっている。
「パパ、ママまだ?」
「もうすぐ来るよ」
そう言った矢先、スーツ姿の風美が小走りでやってきた。
「お待たせ」
風美は息を整えると、いつものように俺の頬に手を当てた。やっぱり冷たい。
あの頃と何も変わらない。
「やっぱりパパとママ、なかよしさんなのね」
わかってるのかどうか、風花がさっきの先生の言葉を繰り返す。
「そうよ、なかよしさんじゃないと触って驚かせたらダメよ」
そう言った後、笑う風美。
ああ、この笑顔が俺の心を温めてくれている。
俺は風花を片腕で抱き上げ、空いた手で風美の手を握った。あの日と同じ冷たさの手に、俺の手の熱がゆっくりと伝わっていく。
じんわりと温かくなる彼女の手を握りしめながら、三人で家路についた。
冬の夕暮れは早い。街灯が灯り始めた商店街を歩きながら、俺は思う。
これからも毎年、この凍える指先を温め続けていくのだろう。そしてきっと風花も、いつか大切な誰かの頬に手を当てて、あの笑顔を見せるのだろう。
風美の手は、もうすっかり温まっていた。
──────
名字は南野さんです。風美さんの旧姓は北沢さんです。
名前考えるの苦手なので、こんな感じの名付けが多いです。
書いたものも増えてきたので、そろそろデータベース作らないとですな(´・ω・`)
12/10/2025, 3:47:29 AM