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僕は受付で、自分の名前と入院している患者名を記入して、受付横のエレベーターで地下へ下る。
エレベーターを降りてから左手へ進み、突き当りを右へ曲がる。
二つ目の左手に見える扉の名前を確認する。
プレートには、村井日向と書かれている。
僕は扉をゆっくり左に動かした。
扉の先には、横になっている女性が僕に気づいて微笑む。
「プリン買ってきたけど食べる?」
彼女は小さく頷いた。
彼女が少し体を起こすと、腫れ上がった痛々しい肌が露わになる。
彼女の病気は日光によって引き起こされる遺伝性の病気で、難病にも指定されている。
病気に罹った者の平均寿命は三十歳と言われている。
彼女の病気がわかったのは生後十ヶ月の時で、病気がわかってから約二十年間は日光を遮る特殊なマスク無しでは太陽の元で歩くことができなくなった。
そんな真っ赤に腫れた彼女の顔を見ると、日傘があれば外でも大丈夫と思った僕の浅はかさに腹が立った。
いつもは日光を遮断するマスクを着けなければ外に出ることは出来ないのだが、先日、彼女はどうしてもマスク無しで出たいというのだ。
日傘すれば大丈夫といった彼女を信じ、僕達二人は外へ出た。
最初は元気そうだった彼女だったが、途中から具合を悪くし、彼女の顔は次第に腫れ上がった。
それを見た僕は急いで救急車を呼び、今日に至る
彼女の病室は、日光を遮断するため地下であることが多く、今回運ばれた病室も窓もなく少し薄暗い。
「その、ごめん。まだまだ病気について理解してなかった」
彼女は、首を小さく横に振る。
「私の方こそごめんね。陽太に肩身の狭い思いをさせちゃって。私が外に出れないからデートする時はいつも家の中で」
彼女は苦笑いで、申し訳なさそうに応える。
彼女と会う時は必ず家の中で会うもちろんカーテンなども締め切って。
彼女はそんな僕に申し訳無いと思ったのか、今日は突然外に行きたいと言い、マスクも頑なにつけなかった。
日傘をさせば彼女は大丈夫といったが、よくよく考えればそんなはずはない。いつも家出会う時はカーテンも全て締め切り、一切の日光の入る隙間もないほど徹底している。
「陽太は悪くないよ」
僕は謝る他しか無かった。
「ごめんね。私の我儘に付き合わせて」
彼女が優しく微笑い、落ち込む僕に見かけて話し始める。
「私、陽太と出会ってから本当に幸せだったんだ。あんまり外に出れないから友達もあんまりいなくて、恋人なんてもう諦めてたの。でも、陽太と出会って、友達になって、恋人になって。本当に幸せだった」
彼女と出会ったのは三年前のときだ。三年前、僕は一度死にかけた。横断歩道を渡っていると急に乗用車が突っ込んできたのだ。
僕は幸い一命を取り留めて、目覚めた時は病室にいた。
検査入院していた彼女は同じ病室であったため、目覚めた僕に気づいてナースコールを押してくれたのだ。
看護師が駆けつけて、状態を確認している時に僕はある違和感に気が付いた。僕はおそるおそる足の方へ左手をやると、そこにはあるはずのものがなかった。
左足だ。あるはずの左足がなかった。
僕はあまりの衝撃に布団で顔を覆い、声が涸れるまで泣き明かした。
そこから僕の地獄のリハビリが始まった。
片足の上に、事故の後遺症でその右足も思うように動かせない。
何度も何度も挫けそうになる。
そんな僕を励ましてくれたのが彼女だった。
彼女は早期に退院していったのだが、退院後も何度も僕のお見舞いに来てくれた。
彼女と恋人になったのは、僕が退院するときに告白してからだ。

「僕の方も幸せだよ。それにまだまだこれからも」
彼女は首を横にふる。
「うんうん。もういいの。私、十分幸せだったから。だから」
初めは、彼女の言ってる意味がわからなかった。
「だから、もう別れよ。もう私に縛られる必要ないよ。陽太は普通の人と一緒の方が絶対幸せだよ」
僕はやっと理解した。なぜ、突然彼女が外に行きたいと言ったのか。なぜ、いつも着けてるマスクをあんなに頑なに断ったのか。なぜ、日傘で大丈夫と言ったのか。
これが最後だからだ。最後に二人で外に出かけたかったのだ。普通の恋人として、普通のデートをしたかったのだ。
「別れないよ」
彼女の顔を直視する。
「もう…もういいの。もうほっといてよ。あなたと一緒にいると辛いの。もしも私が病気じゃなかったら、もしも太陽の下に出られたらって考えると、おかしくなりそうなの。だから…だから、お願いだから別れて」
彼女は、両手で顔を覆う。
僕は暫く両手で覆った彼女の顔を見つめた後に、鞄から小さい箱を取り出した。開けると中から小さな指輪が顔を出す。
「日向」
彼女が顔から両手を離し、僕の掲げた箱に目をやった後に、目を丸くして僕の顔を直視する。
「結婚しよう」
彼女の目が更に大きく開くと同時に両目から大きな粒がこぼれ落ちる。
「私、あとちょっとしか生きられないんだよ。外にも出れないんだよ」
「知ってる」
「子供だって産めないかもしれないんだよ」
「構わない」
「海だっていけないし、山登りだって」
「別にいい」
彼女の左手を優しく手に取り、薬指に指輪をそっと押し込む。
「綺麗だ。よく似合う」
彼女は少し困った顔で指輪見つめ、輝く指輪をゆっくり掲げる。
「本当に私で良いの?」
彼女は不安な顔で僕に訊ねる。
「日向が良いんだ」
彼女の目から更に涙が溢れ出る。
「もう一度言うよ?僕と結婚しよう」
彼女は両手で顔を覆う。
「ふつつか者ですが、宜しくお願いします」

11/25/2023, 12:38:24 PM