「皆様が揃ったようなので点呼をとります。」
その聞きなれた言葉に心の中でため息をつく。言葉の主である美しい声と姿の彼女は『時の女神』である。白装束に身を包み、長く艶のある髪をなびかせている。
私は『時の遣い』の『子』。ネズミと呼ばれることがほとんどだ。ここに集まっているのは私と同じ『時の遣い』で、それぞれが自分の『時』を全うしている。人間界でいう十二支と同じ順番で自分の『年』になればここの遣い達を先導する役割を担う。そして自分の『時間』になれば舞を舞い続けるという役割がある。
ここ、天界の遣いが働かなければ時は進まないのだ。
「子。」
名前を呼ばれ素早く跪く。
「丑。寅。卯。辰。巳。午。未。申。酉。戌。亥。」
女神様は淡々と名前を呼び、跪いたのを確認すると顔をあげるように促した。そして自分の頭上にあった冠をそっと持ち上げて空間に固定した。そしてゆっくり頭を下げ、退出された。足音が完全に聞こえなくなるとみんなが立ち上がる。各々が自由に過ごしだす。おしゃべりをしたり、早々に退出したりと様々だ。
私は何も言わず白衣と袴を整えると浮かんだ冠を手に取る。その瞬間何も無かったはずの足元に舞台が現れた。すると突然太鼓の音がなり響く。始まりの合図だ。私は流れに身を任せる。音に乗り流れるように手を動かし、力強く地面を蹴りつける。
今頃人間界では日付けが変わっているのだろう。だがいつも私は疑問を抱えている。
_果たして時が進むことに何の意味があるのだろう。
時が進めば何が変わるのだろう。
天界に時という概念は無い。その為か時が存在していることに意味を見いだせない。
私は人間界を訪ねた。たまに見に来ることもあるためある程度の決まりは知っている。
_相変わらず暑苦しい場所だ。天界とはまるで違う。よくこんな場所で過ごせるな。
人間が溢れかえる交差点で眉を顰める。信号が変わったのを確認すると歩き出した。しかし、久しぶりに訪れた人間界に適応できず人間とぶつかってしまった。
「…った」
「いったぁ…」
お互いに後ろに転んでしまった。相手は人間の女の子のようだ。
「…すまない。見ていなかった。大丈…」
「手が…!!」
立ち上がり謝ると女の子は私の言葉を遮り慌てたように駆け寄った。言われた通り手を見ると少しかすり傷を負っていた。
「あぁ」
_全く気が付かなかった。仮の姿であるから痛みは感じないが、生身というのは不便だ。
「あぁ、じゃないですよ!ちょっとついてきてください!」
女の子は強引に私の怪我を負って無い方の手を引き小走りでどこかへ向かい出した。
日陰に入ると女の子は突然止まった。
「ちょっと待ってくださいね」
そう言って持っていた鞄から何かを取り出し抑えたあと綺麗な布で縛った。
_治そうと思えばすぐに出来るものを。
「これで大丈夫です!本当にごめんなさい!私浮かれてて…」
「はあ」
「私、明日誕生日なんです」
女の子は突然そういった。誕生日というのは人間が1年ごとに歳をとっていく制度だったはずだ。
「それで久しぶりにお母さんとご飯を一緒に食べれるから楽しみで」
嬉しそうに手に持っていた袋を覗いた。中には食べ物がたくさん入っていた。
「早く明日にならないかな〜」
その言葉を聞いて今までの疑問が全て解けた気がした。自分の中で止まっていた歯車が動き出すような、そんな感じだ。
「あっすみません、こんな話…私そろそろ帰ります!聞いていただいてありがとうございました!」
女の子はそう言うと小走りで去っていった。
私はしばらく布のあてられた手をじっと見つめた。
「ネズミ!時間だよ!」
「あぁ、わかった」
布を懐に仕舞うと冠を手に取る。
今日も私は舞を舞う。
誰かが待つ明日のため。
_今日にさよなら。
2/19/2024, 5:17:17 AM