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55.『雨音に包まれて』『I love』『君だけのメロディ』

「俺、漫画の才能無いかも」

 とある日のリビング、暗い表情で息子のコウジがポツリと呟く。
 漫画家になるために、コンテストに応募したと言っていたが、どうやらダメだったらしい。
 自信作だった分、ショックだったに違いない。

 私も読ませてもらったが、とても面白かった。
 親目線だからかもしれないが、あれで入選しないというのは信じがたい。
 漫画家になるというのは、私の思っている以上に難しいらしい……

 コウジは小さい頃から漫画家になりたいと言っていた。
 親として可愛い息子の夢を応援しているのだが、どうにも結果が芳しくない。
 頑張っている姿を見ているだけに、まるで自分の事の様に心が苦しい。

 でもこれだけは言える。
 息子は漫画が大好きだ、誰よりも。

 コウジの人生は漫画を中心に回っている
 小学生の頃、覚えたての英語を使って『I love MANGA』と言っていたのは今でも忘れない。
 学校で習った事はすぐ漫画に反映させるし、それを描いている息子は楽しそうだった。

 好きなことを仕事に出来る。
 これほど幸せなことは無い。
 だからなんとしても夢を叶えて欲しい。
 そう思うのは、私が夢を諦めた事があるからだろう。

 私は若い頃アイドルだった。
 地下アイドルというマイナーなジャンルではあったけど、とても充実していた。
 歌って踊って、たくさんの人に元気を与えるアイドル。
 そんなアイドルに私はなりたかった。

 でも私は辞めた。
 才能に限界を感じたのだ。

 自分よりも才能がある子がいて、自分よりもかわいい子がいる。
 愛想のいい子がいれば、運に恵まれた子もいる。
 負けて堪るかと頑張ってみたものの、たくさんの後輩たちに追い抜かれ続け、ついに私の心は折れてしまった。

 事務所に引退の意思を告げて、雨の中傘もささず歩いた道。
 雨音に包まれて家に向かう光景は今でも夢に出る。
 人生であれほど辛い事は無かった。
 息子もきっと、あの時の私のように絶望した気分だろう

 でも人生とは、辛い事ばかりではない。
 息子にせがまれて童謡を歌った時、ものすごく喜んでくれた。
 あれほど幸せだった事はない。
 人生には嬉しい事も辛い事もたくさんある。
 これからもめげずに頑張ってほしい

 だが私が何を言っても、息子の心には響かないだろう。
 コウジには漫画の才能があると確信しているけれど、私は漫画の事を何も知らないのだ。
 『何も知らないくせに』と返されるのは、目に見えていた。

 そんな私に出来ることは何だろう?
 漫画の事は分からない。
 絵の上手くなる秘訣は知らないし、どうすれば入選するかも知らない。

 漫画について、私は何もアドバイスが出来ない。
 私に出来るのは――歌だけだ。

 そうだ、歌を送ろう。
 息子が喜んでくれた歌。
 その歌に乗せて、私の思いを伝えよう。

「今から歌を歌います」
「急に何?」
「コウジが落ち込んでるから、励ますために歌います」
「意味分からん」
「歌います!」
「分かったよ」

 渋々といった表情で、私の正面に座るコウジ。
 気が進まないといった様子であるが、ちょっとだけワクワクしている様子が伺える。
 なんのかんのと言っても、コウジは私の歌が好きなのだ。

「で、何歌うの?」
「あっ」
「まさか……」
「いやいやいや、ちゃんと考えているよ。
 君だけのメロディをね」

 だが何を歌うか決めてなかった。
 今決めたことなので、準備など何もしていない。
 見切り発車もいいところだが、ここで引けば沽券にかかわる。
 頭をフル回転させ、この場にふさわしい歌を考える。

 『人生山あり谷ありだけど、いつかはきっと報われる』
 そんな教訓めいた想いを伝え、そして説教臭くなく、思わず笑顔になるような、そんな素晴らしい歌。

 でもそんな都合のいい歌なんてあるのだろうか?
 私の人生の中で、そんなそんな歌聴いたことない――

 あったわ。
 とびっきりの歌が。
 これならコウジも笑顔になるはず。

「では聞いて下さい。
 息子に捧げる応援歌」
 私は大きく息を吸って、歌い始める

「人生楽ありゃ苦もあるさ~」

6/18/2025, 1:38:49 PM