白糸馨月

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お題『鋭い眼差し』

 生まれた場所は、人の死体なんて当たり前に転がっている無法地帯だった。毎日誰かと誰かが喧嘩して、時には殺し合いに発展する。そんな街。
 物心ついた頃には、一人だった。両親の顔は知らない。一人地べたに横たわって、死を待つ日々だった。
 そんな時に悪いやつが来て、
「女のガキは高く売れる」
 と言って、抱えあげられてしまった。こわいのにわたしはまだ小さくて、それにおなかが空いていたから抵抗できなくて、あぁこれでもう死ぬんだって思った。
 そんな時、銃声が聞こえて男が崩れ落ちたと同時に何者かに素早く抱き上げられる。
 見た目はわたしよりは年上で、でも、今まで見てきた人達よりはずっと若く見えた。人が来なさそうな小さな小屋に入って、わたしにパンを与えてくれた。そのひとの目は、とても鋭かった。でも、わたしはうれしくて目から涙をこぼした。
 彼はわたしに名前をくれた。自分が「アイン」で、わたしが「ツヴァイ」だって。意味がわかった今考えるとひどい名前だと思う。

 あれから何年の月日が経っただろう。アインは銃の腕と俊敏さを買われて組織に所属する殺し屋になった。
 たくさん人を殺したお金でわたしたちはおうちが貰えて、人から盗まなくてもご飯が食べられて、お金があるはずなのに贅沢の仕方を知らないわたしたちは、人から見れば質素に暮らしていたと思う。
 ある時、帰ってきたアインはテーブルの上に乱暴にファイルを置いてきた。開いたファイルの中身は小綺麗な見た目の男性の写真と、その男性のプロフィールだった。
「オマエと一緒にいて十五年が経つ。もうここから出ろ」
 そう言ってアインは、自分の部屋に戻る。
 わたしは、心臓がわしづかみにされる想いがした。これはわたしのためにアインが探してきてくれた結婚相手だ。たしかにプロフィールをみる限り裕福で、写真の彼はとてもやさしそうに見えた。
 でも、わたしはいやだった。アインの部屋へ行く。彼はベッドの上で銃の手入れをしていた。
「ねぇ、なにあの写真」
「そいつと結婚すれば、オマエ、ここにいるよりずっと幸せになれる」
「勝手に決めないでよ」
 わたしはアインに抱きついた。染み付いた血の匂い。今では大きくなった胸板。こここそがわたしの居場所だと思っている。
「わたしはアインと一緒にいたいの。でも、それじゃいや?」
 気づくと涙がこぼれてくる。アインとはなれるなんて考えられない。しばらく沈黙が続いて、アインがため息をついた。
「わかった。見合いは断る……その、はなれてくれ」
 言われるがままにはなれると、アインは真っ白で冷たい印象がする顔をわずかに赤らめ、鋭い氷色の眼差しは鋭利さを失っていた。
 彼のそんな姿を見られたのがうれしくて、わたしはイヒヒと笑ってからもう一度抱きついた。

10/15/2024, 11:43:27 PM