すゞめ

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「誰でもいいから誰かなんとかしてくれ」

 そんな言葉をよく耳にする。
 俺はいつも「誰でもいい」わけないだろうと、鼻を鳴らしていた。

「俺の希望通りの未来を切り開ける誰か、うまいこと解決してアフターフォローと今後のバックアップもしてくれ」

 そう言い換えるべきなのでは、と思っていた。
 主に、想像力だけは非常に豊かだった中学時代の俺が。

 しかし今、俺は本当に誰でもいいから、誰かこの状況をなんとかしてほしいと思っていた。

   *

 なにか物音がすると思って目を覚ませば、ベッドに彼女がいなかった。

 時差ボケ対策するとか言ってたっけ?

 日付は変わって深夜2時。
 少し心配になったから寝室を出たとき、俺は自分の目を疑った。

 誰が想像しただろうか。

 睡眠時間をずらし、夜な夜なひとりでブロックタワーで遊んでいるということを……!

 しかも甲斐甲斐しい努力の末か、ブロックがきちんと抜かれている。
 それでも5回が精々だが、多少は遊べるようになっていた。

 今度もう一回誘ってみよう。

 彼女のいたいけで涙ぐましい努力に感動しすぎて、ズビッと鼻を啜ってしまった。

 音の少ない夜更けに俺の立てた音は彼女の耳にもしっかりと届く。
 勢いよく振り返った彼女は、気恥ずかしそうに頬を染めた。

「み、見た……?」
「……なんのことですか?」

 彼女はことさらに自分の努力を隠す人ではないが、見せびらかす人でもない。
 それでも、見てはいけない舞台裏を覗いてしまった罪悪感が、リビングに気まずい空気を作った。

「……」
「……」

 気まず……。

 目を泳がして彼女の視線から逃げる。
 ごまかしたところで逃してくれるような人でもないから、おとなしく白状した。

「いつからです?」
「見てたんじゃん」
「深夜に派手な物音を立てていたんで、気になったんです」
「ちょ、ちょっとだけだもん」

 ここ最近、妙に眠たそうにしてると思ったら。
 俺とブロックタワーをして以降、こそこそひとりで練習に励んでいたようだ。
 自滅し続けていたことがそんなに悔しかったのだろうか。

「……負けず嫌い」
「うっさい」

 彼女は人を散々に煽るクセして、煽り耐性は低い。
 いつぞやの彼女と同じ言葉を借りれば、彼女はむくれて頬を膨らませた。

「ブロックの重さや厚さが微妙に違うことがわかったから、重心をコントロールする置き方のほうが大事かなと思ったんだよね」

 あ、あれ?

 俺が思っている以上に、彼女のブロックタワースキルは上達しているのかもしれない。
 学習能力の高さと手先の器用さはピカイチだ。

「ちょ、今から1戦だけやってみますか?」

 今度なんて待っていられず、つい勢いで誘ってしまった。
 断られても俺は彼女と一緒に眠るだけだし、ダメージはない。

「え、いいの?」

 ぱあぁぁっと彼女はうれしそうに目を輝かせて、彼女は俺の誘いに乗った。

 そして、ブロックタワーは思いのほか接戦を繰り広げる。
 そして、交互にブロックを積み上げたのち、グラグラと派手な音を立ててタワーは崩れた。

 ウソだろ?

 倒したのは俺だ。
 数日前までは俺にターンすら渡してくれなかったクセに……。
 不貞腐れながらブロックを片づけていると、彼女が遥か高みからニヨニヨと腹の立つ笑みを向けた。

「れーじくん、なかなかやるじゃん」
「……」

 コノヤロウ。
 すぐ調子に乗りやがって。
 
 しかし、正直もう彼女には勝てる気がしなかった。

 誰か天狗になった彼女の鼻をへし折ってくれ。

 ぶつけようのない悔しさを、俺はため息をついてごまかすのだった。


『誰か』
 

10/4/2025, 8:44:31 AM