あなたの心の核にむやみやたらに触れることはしないと誓う。
だから今日だけは、その繊細で敏感な部分に触れることを許してほしい。
どうか今だけはひとりで泣かないで、俺を利用してほしかった。
好きで、好きで、好きで、どうしようもなく好きだから。
あなたの気持ちが例えいっときの気の迷いだとしても、逃してあげられないくらい好きだから。
「好き」
その言葉をもらった瞬間から、ことさらにあなたのことが手放せない存在になった。
あなたもそのくらいはわかっていたでしょう?
だから今日は諦めて、俺に縋ってほしかった。
*
お利口さんにしていられたのは彼女の家の前までだった。
玄関に招き入れられるとプツンと張りつめていた理性が切れる。
繋いでいた手を腕ごと引き寄せて、彼女の体を玄関の壁に押しつけた。
「えっ? な、にっ……んっ!?」
慌てる彼女にかまわず唇を重ねる。
視界を彼女でいっぱいに埋めて、柔らかくて暖かくて、瑞々しい唇を堪能した。
じっくりと煮詰めてきた熱が一気に滾って、つん、と唇の扉を開けようとしたとき、彼女が震えた手で俺の胸を押し返す。
「ぁ……」
「ね、もう一回」
一方的に奪った彼女との初めてのキスは、厚かましさを助長させた。
彼女からの返事はない。
真っ赤に染まった頬に手を添えて顔を上げさせれば、返事の代わりと言わんばかりに俺の服を両手で掴み、キュッと目を閉じて唇を少し突き出した。
夢にまで見た彼女のキス顔に舞い上がってしまう。
「同意って、都合よく捉えますからね?」
緊張か不安からか、小さく震える彼女を怖がらせないように、焦らないように、ゆっくりと自分に言い聞かせながら唇を重ねた。
触れた瞬間、彼女は反射的に体を離そうとする。
背中に手を回して逃げ道を塞いだ。
唇から彼女の体温が全身に伝わる。
都合よく同意を取った2回目のキスは、浮かれそうなほど心地がいい。
柔らかくて温かくて制汗剤の香りが鼻をくすぐる。
背中に置いた指で背骨を引っかけながらなぞれば、鼻からついて出たくぐもった甘い息に、俺の背筋も粟立っていった。
ゆっくりと角度を変えて、桜色の唇を啄んでいく。
舌で唇にノックをするが、その度に彼女は顎を引いた。
かわいらしくキュッと固く閉ざされる唇を無理矢理こじ開ける気にはなれず、彼女の唇をペロリと舐める。
「ぅ……」
戸惑いながら開いた彼女の瑠璃色の瞳は潤み、熱で蕩けている。
白磁の肌を際立たせる紅潮した頬、唾液で艶の増した唇、わずかに乱れた呼吸は俺を色めき立たせるには十分だった。
夢心地に浸っていれば、余裕のない表情で彼女が訴えてくる。
「唇、ツンツンしないでぇ……」
ツンツンって……!
どうしよう。
すっごくかわいいっ。
触れたくて触れたくて仕方がなかった彼女に触れている現実に浮かれてしまう。
額に、瞼に、鼻に、頬に、耳に、顔中にキスを散らしていった。
「ツンツンがダメなら、お口開けてください」
「? こう?」
調子に乗って彼女の唇を指で突きながらストレートに要求すると、思いのほか素直に小さな口を開けた。
俺を見上げて、無防備に、無垢に、無抵抗に口腔を晒す。
その姿にゾクゾクと腹の底から熱が滾っていく。
「っ、ぁー……、それ。たまんない」
彼女の下の歯茎を指で撫でたあと、唇ごと齧りついた。
「んんっ」
互いの湿った吐息が玄関に響く。
くったりとした彼女の背中を撫でながら、真っ赤に染まった顔を覗き込んだ。
「キスより先、したいです」
「え……」
「怖い?」
「怖い……というか、その……」
玄関でする話ではないと気づいたのか、彼女はドアを指差した。
「と、とりあえず中で話そ。鍵とチェーン、やってもらってもいい?」
「ええ。もちろん」
彼女のその選択は正しいが、最大の過ちでもある。
玄関先でもギリギリなのだ。
中に入ったら絶対に止まれないだろうなと思いつつ、俺は鍵とチェーンをかける。
「では、お邪魔します」
こんな手段、彼女に対して使っていいはずがない。
だから今日だけだ。
今日だけは……、こんな俺を許してほしい。
『今日だけ許して』
10/5/2025, 5:39:15 AM