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ひらり

(誰も知らない秘密 2025/02/08の続きの小話)



ひらり。
隣の席から通知表が俺の足元の床へ滑り落ちて来た。
幸いにも通知表は開かなかったから、隣の席の女子に俺が見たとか疑いをかけられずに済んだ。
だってさあ、嫌じゃん?
私のを見たんだから自分のも見せろとか、不公平だとか言われるの。
お互い似たような成績だとわかっていればまだマシだけど、この子と俺の成績は結構違う。
俺の成績は一応4と5が揃っている。
対するこいつは主要教科3か2だと思う。だって前に、赤点の追試対策をしてやったことがあるし。

「ねぇ、そう言えば、前にもこんなことがあったね。
あたしの定期テストの個票がひらひら落ちて、バッチリ見られちゃったこと」
「…そう言えばあったなあ。赤点取ったから勉強教えてくれって言ったくせに、図書館で寝てたこと」
あの日のことはバッチリ憶えている。
なんなら通知表がひらりと舞ってすぐに思い出したのに、俺はついスカしてそう言えば、なんて言ってしまった。
好きな子にカッコつけたい年頃なんだよ、多分。

「もう寝てたことは忘れてよ」
赤い顔して恥ずかしくて怒り口調なのが可愛い。
俺の視線を避けて横を向いてぷっくりと尖らせたリップクリームで潤った唇に目がいく。
図書館で起こす前に、こっそり奪った唇。
俺の誰にも言えない秘密。
柔らかくて暖かくて、愛おしさが膨れ上がったあの日のキスは、忘れるワケない。忘れたくない。
「忘れてやらないよ」
と笑うと、「ひどっ!」と言いつつ彼女も笑う。

「あたし、あのとき、数学と英語を教えてもらったじゃん?」
「うん」
「あれで多分、皆んなに追いついたんだよね。授業に追いついたって言うか」
「あ、マジ?」
「うん。あれからね、授業がわかるようになって、数学と英語の小テストは、毎回点数が上がったんだよ」
「やったじゃん!」
嬉しそうにちょっと得意げに報告してくれて、俺も嬉しくなる。
あのとき勉強を教えて良かった。
そして。
「単元が進んでも点数が取れるって、すげえじゃん」
「うん、担任にもね、最近頑張ってるなって言われた」
「マジか。俺、そんなん言われたことねーわ」
「ずっと良い成績だからだよ。あ、そうだ。お礼に、コレ。手、出して」
「何?」
「いーから」

右手の手のひらを上に向けさせて渡されたのは、透明のラッピング袋にクッキーが数枚入れられた物。
「これ…」
「あっ、友だちに作ったヤツの余りだよ!それ以上の意味はないから!」
「まだ何も言ってねーけど…」
「あっ、じゃあ、私、友だちと一緒に帰る約束してるしっ、待たせちゃ悪いから!じゃあねっ!」
「じゃあな」

ひらり。
スカートが勢いよく翻る。膝裏が見える。程よく筋肉のついたふくらはぎも。
って、見惚れている場合じゃなくて。
「ありがとうっ」
クソデカボイスで叫んだら、もう一度スカートが翻って、スゴい形相でシーっと指で静止される。
修了式後の別れを惜しむ複数のグループから、俺に視線が集まったのはわかった。
だけど俺は、彼女だけを見ていたくて。


明日から、春休み。
俺は部活で日参するけど、帰宅部の彼女が今度学校へ来るのは入学式前日の準備の日だろう。
その頃の桜はきっと満開で、ひらりひらりと幾重にも花びらが舞い踊っていることだろう。
踊るようにスカートが翻る彼女と、桜の花びらが舞う頃、もう一度クラスメイトとして再開できたら良いのに。




ひらり

3/4/2025, 9:58:02 AM