『流れ星に願いを』
デートから帰宅した休日の夜。
風呂に入り、寝支度を整えて、彼女とふたり揃ってベッドに入った。
「れーじくん……」
同棲を始めて季節が一周したにもかかわらず、彼女が1日の終わりを惜しむように俺の名前を呟く。
「どうしました?」
不安そうにする彼女の背中に手を回した。
たったそれだけで、寂しげに揺れていた大きな瑠璃色の瞳が、安堵の色に塗り替わる。
「んーん。なんでもない。おやすみ」
無欲な彼女は一切の含みなく、心の底から幸せそうに口元を緩めて俺の腕からすり抜けた。
俺に無防備に熱の孕んだ眼差しを向けておいて、彼女は平気で「おやすみ」とのたまう。
たった今、俺は「おやすみ」どころではなくなったというのに、だ。
これが無意識だというのだから、タチが悪い。
「あ、ちょっと。おやすみは少し待ってください」
「え?」
無意識に煽り散らかす彼女に焚きつけられた俺は、意図的に対抗する。
「おやすみのチューがまだですよ?」
わざとらしく唇を突き出して顔を寄せていけば、彼女はケラケラと声をあげた。
「それはさっき、リビングでした」
「リビングでのそれは、歯磨きじょうずにできましたね♡ のチューだったはずです」
「ウソだぁ??」
チュッチュと彼女の頬や唇に冗談めかした軽やかなキスを繰り返す。
くすぐったさそうに穏やかな笑い声をあげて、彼女は俺の戯れを受け入れた。
だが、一向にキスをやめる気配のない俺に、彼女は苛立ちを見せ始める。
「んもっ、しつこいっ」
「なら、今日はあと1回したらおしまいにします」
「えっ」
その言葉を待っていたとばかりに、俺は上半身を起こして彼女に覆い被さった。
「ねえ、寝るん……だよね?」
今さら警戒レベルを高める彼女だが、もう遅い。
弛緩していく口元を隠すことなく、俺は彼女を見下ろした。
「ええ。俺が満足したら」
「なにそ……っ、ん!?」
彼女の言葉を強引に遮り、性急に深く舌を絡める。
彼女の呼吸はすぐに乱れて、頬も赤く染まった。
自分で「最後の1回」という発言を反故にするわけにもいかない。
心ゆくまで彼女の口内を堪能した。
そうしているうちに、酸欠になった彼女の目元からはらり、と生理的な雫がが溢れる。
頬を伝って常夜灯に照らされた涙の軌跡は、さながら流れ星だ。
本当はもう少し堪能したかったのだが、さすがに彼女が苦しそうでかわいそうになる。
後ろ髪をひかれながら唇を離して、ポロポロと溢れる彼女の涙を、祈るように指で拭った。
「おやすみなさい」
「ん、え……?」
熱を失った口元に、彼女は切なげに俺を見上げた。
「……」
理性をぐらつかせながら、俺は必死に取り繕う。
「キスしたら、寝る約束だったでしょう?」
「……違う」
唇を尖らせた彼女は、見透かしたように俺をにらみつけた。
彼女を焦らして求めさせる作戦は、どうやらバレていたらしい。
「れーじくんが、満足したら……、だったもん」
「なら、もう少しつき合ってくれますか?」
はにかみながらもうなずいてくれた彼女に、俺はもう一度キスをした。
4/26/2026, 9:38:59 AM