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五、物憂げな空
今日は朝から暗く厚い雲が空を覆っていた。窓から覗く物憂げな空を、一人部屋にしては無駄に広すぎるこの寝室の持ち主が静かに見上げる。
「これから雨が降るぞ」
主人の寝台のシーツを今まさに回収しようとしていたミアは、アルバートが零した言葉に手を止めた。
「……雨ですか?」
「ああ。それも、嵐に近いやつだな」


それからは早かった。
アルバートの言った通り、ぽつぽつと空から雨が降り出した。風も吹き始め、木々を大きく揺らす。
「本当に降ってきましたね」
アルバートと肩を並べてミアは窓から空を見上げる。次第に強まる雨脚に、何故かミアは得も言われぬ不安に襲われた。
「すぐに止むでしょうか」
ミアの問いにアルバートは肩を竦める。
「さてな。このあと雷あたり落ちそうな気配だが」
「かみなり?」
ミアの口から紡がれたそのたどたどしい四文字の音に、アルバートは隣に立つ少女へと目を向ける。
「何だ。お前、雷も知らないのか」
「はい。知りません」
ミアの返答に、アルバートはどこか愉しげに「へえ」と相槌を打つ。
「まあ、この辺りは降水量が少ない地域で有名だからな。雨自体あまり降らないし、雷を知らずともおかしくはない」
「……そうなんですか。かみなりとは、どんなものなのでしょう」
己を見上げる純粋無垢な少女を前に、アルバートはニッと口角を上げる。
「それなら自分の目で確かめてみるといい」
不思議そうにするミアに、アルバートは「今に分かる」と再び窓の外を見やった。
――刹那、フラッシュにも似た眩い光が、ミアの片側の視界一面を白く彩った。思わず目を瞑ったのもつかの間、まるで空(くう)を真っ二つに裂くような、聞いたこともない轟音がミアの鼓膜を揺るがす。
驚きのあまり声すら出ず、腰が抜けてその場にへたり込みそうになるミアの体を、アルバートがすかさず支える。
「大丈夫か?」
「……は、はい……」
鳩が豆鉄砲喰らったような顔をする彼女にアルバートがたまらず笑っていると、部屋の照明が突然消えた。
「あ……電気が……」
「停電だな。ブレーカーが落ちたんだろ。ちょっと見てくるから、お前は大人しくここで待ってろ」
「えっ」






この暗い中に、たった一人で?






気付けばミアは、部屋を出ていこうとするアルバートのジャケットの裾を強く握りしめていた。
「い、行かないで……」
懇願するミアの声は弱々しく、ジャケットを掴む手は震えている。暗くてよく見えないが、きっと彼女は今にも泣き出しそうな顔をしているに違いない。アルバートは己の一連の行いをすぐさま悔いた。今この瞬間、自分自身が目の前にいたのなら、有無を言わさず殴りつけていたかもしれない。
「……悪かった。悪ふざけが過ぎた。どこにも行かない」
アルバートはミアに向き合うと、そのまま優しく抱きしめる。ミアの小さな背中をさすってやれば、彼女の震えは次第に収まっていった。
「ちゃんとそばにいるから」
自分を包み込む温もりと、優しく諭すようなその声に、ミアは知らず知らずのうちにほうっと息をつく。同じようにアルバートの背中におずおずと両腕を回せば、アルバートはそれに応えるかのようにさらに力強くミアを抱きしめた。

雷はいつの間にか鳴り止んでいた。二人の間に言葉はないまま。雨はまだ、降り続いている。





2/25/2024, 2:49:29 PM