ゆかぽんたす

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“今日は会えない”。
昼休みに、携帯を確認するとそれだけ送られてきていた。どういうことだよ。仕事がのびそうとか、急病になったとか、理由もなしに会えないだなんてあんまりだ。
普段よりもイラッとしてしまった理由はちゃんとある。彼女と会うのは、今年に入って初めてなのだ。年末年始も互いの仕事の目処がただずに会うことができなかった。せめてもの電話で新年の挨拶を交わし、今年はゆっくりどこか旅行でも行きたいね、だなんて話してからあっという間に2ヶ月あまりが経とうとしている。季節も1つ終えてしまった。淋しいけど、彼女は一生懸命自分の仕事を頑張っている。それを分かってるし、男のくせに安易に“会いたい”だなんて口にするのもどうかと思ったから、大人しく彼女のスケジュールが落ち着くのを待っていたのだ。
ようやく、“来週末空いてたら会える?”なんて嬉しすぎるメッセージをもらって。僕はすぐさま返事をした。ちょっとお高めのレストランの予約も入れておいた。別に会う日は彼女の誕生日でもなんでもないけれど、小さなブーケでも用意したら喜んでくれるんじゃないか。そんなことを考えながら今日という日を待ち侘びていたのに。
“会えない”の理由をせめて知りたくて、彼女の携帯に電話をかけた。でもどうせ、出ないのは分かっている。僕よりも遥かにハードワークをしているのだから。だが予想とは異なり、コール音は3回で途切れた。
『はい』
電話の向こうから彼女の声が聞こえる。まさか出るとは思ってなかったから何を話すべきかもたついてしまった。出るはずかない、と思っていながら電話をかけるのは可笑しな話だが、本当に彼女の声が聞けるとは思ってなかったのだ。
「久しぶり」
かろうじて出た言葉がこれだった。肉声を聞くのは1か月以上ぶりだから間違ってはいない。
「今日、会えないってどういうこと」
『……ごめんなさい』
「僕は理由が知りたいんだよ」
1度だって、君の仕事の忙しさを咎めたことはなかった。あぁ頑張ってるんだなって、誇らしくも思ったりした。でも今回だけは。納得はせずとも君の口から理由をちゃんと聞きたい。そう思ったから、出るか分からないけど電話をしたのに。
「……泣いてるの?」
聞こえる声が僅かに嗚咽を孕んでいた。訳が分からない。会えない理由も泣いてる理由も、何も分からない。でももう、さっきまでの苛立たしい気持ちはさっぱり無くなっていた。心配でもどかしい、これまた後味悪い感情が頭の中に広がる。
『今日、本当にごめんなさい』
「いいんだよ、仕方がない。それよりどうしたの。なんで泣いてるの」
『仕事で、ちょっと』
うまくいかなかったの。消え入りそうな声で彼女が言った。泣くほどまでに向き合っているからこそ、うまくいかなかった時にどうしようもなくなってしまうんだろう。そんな彼女はこれまでに幾度となく見てきた。僕なりに、ずっと隣で見守ってきたつもりだ。大して力にならなかったかもだけど、誰よりも君のことを心配していた。今だってそうだ。
「今日、無理にでも会えるとしたら何時なら会える?」
『え?……えっと……だめ、日付変わるのは確実だと思う』
「いいよ、それでも。終わったら連絡して。会いに行くから。それまでずっと待ってる」
『……ありがとう』
ちょっとやそっとで諦めるもんか。君に会わない限り、僕の今日は終わらない。だからいくらでも待つよ。そう言うと、彼女がもう一度震える声でありがとうと言ってきた。こんな時に思いきり抱き締めてあげられたらいいのに。
それでもいくらかは彼女のメンタルを助けてやれたようで。じゃあ後でね、と最後に話した彼女の声は、ようやくいつもの落ち着きはらったものだった。
何時でも、待つから。だから僕と会う時はどうか笑顔でいてほしい。

3/14/2024, 9:28:22 AM