【終点】
「じゃあね、また今度!」
「うん、またね!」
簡単な挨拶をして、友達が電車をおりる。彼女を先頭に、老夫婦や小学生らしきグループ、様々な人達もホームへと足を進めた。さすが都市部と言うべきだろうか。
さっきまで混んでいた電車内が少し空く。周りにおじいさんやおばあさんがいないのを確かめて、空いていた端の席に座った。
帯を崩さないように気をつける。できるだけ後ろにもたれないようにしないと。
下を向くと、白の生地の中で優雅に泳ぐ真っ赤な金魚が見えた。それと、真珠みたいな帯留め。下駄はおばあちゃんから借りた、黒に赤い紐のやつ。
今日はかなり大規模の花火大会があって、電車で一時間半くらいかけて行った。
私の家は開催場所から遠いから、今まで一回も行ったことはなかった。けれど、私ももう高校一年生だ、親に頼み込んで友達と二人だけで行かせてもらった。前からテレビで見て、興味はあったのだ。
ふと、さっき撮ったばかりの写真を見ようと、スマホを取り出してアプリを開いた。友達と撮った自撮り、映えるかき氷、それに大きく咲く花火。
友達に誘われたときの記憶が、写真のようによみがえる。夏休みが始まる前に一緒に行く約束をして、お揃いの浴衣を着て行った花火大会。
「楽しかったけど、疲れたな…」
車窓の外を見ると、ビルとビルの間にある道路で車が走っていた。どこかのオフィスなのだろう、ビルの窓からは綺麗に整頓されたデスクが、歩道橋にはスーツを着て歩いている人が見える。下には居酒屋なんかが立ち並び、少し温かみのある光で客を待っていた。
そんな一瞬の景色が、心から離れなくなった。
すぐに、写真を撮ればよかったと後悔する。とても綺麗な景色だった、胸がキュッとなるくらいには。今撮っておけば、きっと後から同じ気持ちを味わえたのに。
やっぱり疲れてる。いつもならすぐにスマホを向けるのに、そんな考えさえ浮かばなかった。
軽いため息をひとつついて、横の仕切りにもたれる。
どうせ降りるのは終点だ、それまで少し寝てしまおう。
そう思って目を閉じた。
夢に誘われるのは早かった。
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『-ご乗車、ありがとうございました。次は冨永駅、終点です-』
アナウンスの声で目を開ける。周りを見ると、私の他にはもう二、三人ほどしか乗っていなかった。
どうやら、一つ前の駅を出発したところらしい。
目をこすって、スマホの画面を見る。
「あ、やば...」
そこには、お母さんからのLINEが多数入っていた。
『何時くらいに着きそう?』
『おーい、返信ください』
『今どこ?』
『(はてなマークを浮かべるくまのスタンプ)』
『(はてなマークを浮かべるくまのスタンプ)』
『(はてなマークを浮かべるくまのスタンプ)』
『いつまで経っても車出せないよ〜!』
『(怒ってるくまのスタンプ)』
『(怒ってるくまのスタンプ)』
『(怒ってるくまのスタンプ)』
『(怒ってるくまのスタンプ)』
これは、やばい。
多分、いや絶対、十中八九怒ってる。
急いで返信を打つ。
『ごめん、寝てた。今1個前の駅でたとこ』
飛行機を押した瞬間に、既読がついた。
『そんなことだろうと思った。着くの遅くなるから、待っといて』
すぐにおっけーのスタンプと、土下座してるスタンプを送る。既読だけついて、そこから連絡は途絶えた。
とりあえず、せめてもの誠意で、早く駅の外に出ておこう。
そう思い、立ち上がって出口の前まで移動する。
帯も髪型も、そんなに崩れていなかった。とりあえず胸を撫で下ろす。これで帯まで崩れてたら、めちゃくちゃ怒られていただろう。
外は暗闇でほとんど何も見えない。山が近くなってきて、電灯くらいしか明かりとよべるものはなかった。
スマホのホーム画面を見る。お母さんからLINEがあればすぐに対処できるように。
そういえば、今どこら辺なんだろう。逐一報告とかした方がいいかも。
そう思い、車窓からの景色を見ようとした。
「わっ...」
街中の光が、目に映った。
山に近づいているから、標高が少し高くて、さっきまでいた都市部が丸々見えた。淡く、くっきりした輪郭の光。地球は丸いのだと、実感してしまうほどだった。
ほとんど無意識で、シャッター音を鳴らしていた。
手元のそれには、さっき見た景色が閉じ込められる。
また、胸がキュッとなった。これは所謂、エモというやつだろうか。それか、ノスタルジー?
言葉を探してみたけれど、結局ぴったりくるものは見つからなかった。ただ、この感情が大切だった。
『-ご乗車、ありがとうございました。まもなく冨永駅、冨永駅です-』
アナウンスの声があって数秒で、ドアは開いた。
私はほとんど駆け足で、駅の外へと向かっていった。
8/10/2023, 3:54:25 PM