中宮雷火

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【鳥曇り】

私は駅前に着くと、不意に空を見上げた。
灰色の重い雲が一面を覆い尽くしていた。
鳥曇り。
この前覚えた言葉が頭に浮かんだ。
春の季語らしいので、12月の空にはそぐわない表現だが、
どこか寂しくて褪せたイメージは鳥曇りという言葉で表現するのに十分に思えた。

私の町―田舎の港町は都市に行くには少し遠い場所にあるので、電車で30分以上もかかってしまった。
私の目的は、楽器屋に訪れることだ。
私の町にも、海沿いに古びた楽器屋はあるのだが、店主さん曰く
「実は妻が体調を崩しましてねぇ…、しばらくの間店を閉めようと思うんです。
早ければ春頃には再開できるんですけどね…」
と、いうことだそうだ。

ギターの弦の入手先が無くなって途方に暮れていた私に、お母さんは
「駅前にも楽器屋さんあると思うよ。
ショッピングモールの中にあったような…」
と教えてくれた。
そういうわけで、私は30分以上もかけてここに来たのだ。

ショッピングモールはここから3分のところにある。
道中、店主の奥さんのことを考えていた。
あのお店は夫婦で切り盛りしていると聞いた。
お客さんは少ないけど、とてもアットホームで、居心地の良さを感じる場だ。
店主は寡黙だけど、喋る時は喋る人だ。
楽器の知識が豊富で、私にもいろんなことを教えてくれた。

「ギターにはいろんな種類の指板があって、それぞれ特徴があるんだよ。
例えばメイプルは明るくてキレが良い。
ローズウッドはメイプルよりも暗く落ち着きがある。
その他にもいろんな種類があって、自分が演奏したい曲に合わせて変えると雰囲気が出て良いんだよ。」

店主の奥さんはお喋りで、いつも話しかけてくれる。
ピアノが弾けるらしく 、一回だけ聴かせてもらったことがある。
とても温かくて、元気があって、上手く言語化できないけど、「好きだ!」と思った。
それを話すと、ケラケラと笑って「その言葉を待ってたんだよ!嬉しいねぇ」と言ってくれた。
素敵な人だった。

大丈夫かな。
体調が悪いってことは、怪我とかじゃなくて病気かもしれないってこと?
もし深刻な病気だったら、嫌だな。
店主さんも、絶対落ち込んでるよね…
きっと、オトウサンが病気だった時も、オトウサンは絶対に苦しい思いをしていただろうし、お母さんだって辛かったはずだ。
私には誰の気持ちも全て知ることはできないけど、
でも、そんな思いを他の人に味わってほしくない。
指が刺さりそうになるくらい、拳を握りしめた。

ショッピングモール内の楽器屋は綺麗だった。
店内は明るいし、お客さんも多い。
ただ、そこには「商業」「ビジネス」という文字が見え透いていて、アットホームな空間とは言えなかった。

弦と数枚のピックを買って、外に出た。
本当はもっとお買い物したかったし、ゲームセンターも行きたかったけど、出費が惜しい。
外に出ると、冷たい風が頬を殴った。
最近、やけに寒い。
12月だからか、それとも?

鼻の上に、冷たさを感じた。
「あ、雪降ってきた―!」
誰かがそう言って、私は空を見上げた。
鳥曇りの空から、雪がちらちらと舞い降りてきた。
オトウサンは、こんな風景の中でも温かいものを信じて曲を作っていたのだろうか。

私は駅に向かって歩いた。
次は、クリスマスイルミ観たいな。

8/19/2024, 11:20:44 AM