僕は恵まれた立場の人間なのだと思う。
容姿もまぁ、上の中くらいには整っているし、かなり有名な高校にも通っている。運動だってそこそこできるし、芸術センスもあるにはある。
「きゃー!」
廊下を歩いていると、女子達の甲高い声が聞こえた。
入学当初から、アイドル扱いされているのだ。
騒いでいる彼女らに微笑むと、一際歓声が大きくなる。
それを背に教室へ入ると、
「おはよう」
と、修斗が挨拶をしてきた。
「あぁ、おはよう」
そう返しながら、荷物の整理を始める。
川崎修斗。容姿端麗、文武両道な人間だ。今までに応募した作品はほとんどが何らかの賞を取っている。こんな人間といると、自分が至って平凡に感じられる。かといって、彼本人が悪いわけでもないし、居心地がいいから、彼のことは重宝している。
窓部に腰掛け、髪を耳にかけているさまは、僕よりもよっぽどアイドルだろう。
荷物の整理を終えた僕が、修斗と話しているといつの間にやら教師が入ってきた。
「全員着席!」
ホームルームの時間だ。修斗に別れを告げ、席に座る。
ホームルームを終えると、いつも通りの何の面白みもない授業が始まった。
いつも通りの進み具合。いつもと変わらないやり方。どうも、この学校の授業は新鮮味に欠ける。
何とか授業に真面目に取り組み、ようやく、下校時刻になった。
「今日一緒に帰らない?」
修斗がそう声をかけてくるが、毎週金曜日には予定が入っている。
「悪い。今日は無理だ」
「そういえば、毎週金曜日は無理だったね。じゃあ、また月曜日」
断りをいれると、修斗は名残惜しそうに帰っていった。
その後、僕も一人で下校した。
下校途中、個室へ立ち寄り服を着替える。予めかばんに入れていたポーチからメイク道具を取り出し、メイクをする。
暫くすれば、誰も僕だと分からなくなっていた。
そうして、個室を出ると、同級生と鉢合わせた。
しかし、誰も僕だと言うことは気が付かない。
いつもとは違う、大きな街道へと出る。
新しいことは好きだ。刺激が得られる。
僕はいつも、金曜日に新たな街で品物探しの旅に出るのだ。
都会には都会の、田舎には田舎のよさがあるが、僕個人としては品物が多い都会のほうが好きだ。
田舎だと、どうにも品質が被ることがある。
中でも、今日の都市は最高だった。
沢山品物があり、選ぶのに苦労を要したくらいだ。
ようやく一つ選んで、品物の元へと向かう。
楽しい。
品物鑑定はひどく楽しい。
だが、この品物はどこかで見たような…?
とにかくと手を出そうとしたその時、背後から誰かに手をつかまれた。
驚いて振り返るとともに言われる。
「柊真都。現行犯逮捕する」
そうか。バレてしまったか。
大人しく逮捕を受け入れつつも、品物の方を見る。
品物はなんとか間に合ったらしく、綺麗に絶命していた。
その事に安堵しつつも、僕は檻へと入れられた。
次の月曜日。修斗が面会にやってきた。
「なぁ、真都。なんで…俺の妹を殺したんだ?」
あ、妹だったのか。そう思った。どうやらそれが声に出ていたらしい。
「お前…俺の妹すら覚えてなかったのかよ…」
その言い方にどうにも違和感を覚えた。
「すら?」
そう聞くと、馬鹿にしたように修斗は言った。
「あぁ。すらだよ。クラスメイトは覚えてないのも仕方ないと思ってた。でも、あんなにお前のことを慕ってた俺の妹も忘れてるとは思わなかったよ。沢山遊んでやってたのにな。まさか、家族の名前すら覚えてなんじゃないか?」
それを聞いて、ようやく朧気に思い出してきた。確かに、そんな人がいた気がする。確か、あれは修斗の家に遊びに行ったときだ。修斗が大事にしてるから僕もそうしようと思ったんだ。
それにしても家族の名前。か。僕はそれすらも出てこない。両親の名前も、顔も出てこない。今まではずっとお母さん。お父さん。で事足りていたのだから。
「図星かよ」
忌々しげに修斗が言った。僕は本当にそうだから何も言えなかった。
「俺さぁ、最初からお前がしてること知ってたんだよ。最初の金曜日覚えてるか?」
修斗の問いに頷く。あの日から僕は趣味を見つけたのだから。あの日は思い出すだけで、体の内側からゾワゾワするような快感が駆け巡る。
「あの日。俺、お前の後をつけたんだよ」
まったく気が付かなかった。だがしかし、最初からバレていたとは。
「なんで?なんで通報しなかった?」
僕の問いに修斗は少し悩んでからこう言った。
「いつもつまらなさそうなお前が、心底楽しんでいたから。俺は倫理よりも周りの人の意思を優先したいんだ」
だが、と修斗は続けた。
「俺の家族に手を出すなら別だ。だから、通報させてもらった。…結は死んでしまったが」
悲しげに言った後、修斗は口元を歪めた。
何かをいいたかった。だが、そんな言葉は持ち合わせていない。僕は人の心に寄り添える言葉など持っていない。そんな気持ちも持っていない。それに。と、思う。妹を殺した僕には修斗に何一つ言う資格はない。
だから、こう口にした。
「道理で。同級生も気が付かなかったのに警察が僕の本名を呼んだわけだ」
俯いていた修斗がこちらを睨んだ。
「そうかよ。なぁ、俺のことなんか本当はどうでもよかったんだろ?俺の名前を呼んだこともないもんな。俺も忘れられた存在なんだろ?」
そういう修斗の顔はひどく苦しそうだった。
そんなことはないと言いたかった。けれど、それを証明するすべはない。今さら名前を呼んだって無意味なのだ。
修斗のことは本当に好きだった。本当に居心地がよかった。
でも、口から出るのはそんな気持ちとは裏腹の言葉だ。
「あぁ。そうだよ。僕は僕だけで満足なんだ」
修斗は何も言わずに面会室を去っていった。
その背を見つめながら思う。これでよかったのだろうかと。きっと僕は死刑になる。修斗と会うのはこれで最後になるだろう。でも。修斗が好きだという気持ちは誰も知らない秘密にしよう。誰にも言わずに一人で抱えていこう。
そう決めた翌日。僕の死刑が決定した。
2/8/2025, 12:37:33 AM