アクリル

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遠くの空へ


いつぶりかわからない休日、浮腫んだ顔で窓の外を見ると
雲ひとつない日だった
いわゆる快晴というやつだ。憂鬱である。
こんな日はいつも、あの日を思い出してしまう。
愛も情緒も、言葉も
何も知らなかったあの時のことを。



僕は当時、「水平線」が何かを知らなかった

現象なのか、モノなのか
その程度のことも解っちゃいなかった
なぜか調べる気にもならなかった
辞書も引かず、ずっと知らないままで生きていた

いつの日か、あなたと海に行った
砂を踏む感覚が新鮮で
生まれて初めて嗅いだ
潮の香りに戸惑って
あなたは慣れた様子で貝を拾っていた
そして耳を当てて、波の音がすることも教えてくれた

五感で楽しむあなたが
絵のように美しい背景に映えた
僕はその名前を知らなかった

斜に構えた僕にとっては
人に何かを聞くことは
ガキっぽくて
なにより恥ずかしくて
ずっと口に出せなかった


「写真撮ろうよ」

あなたは空を指差して、ダサい僕に声をかけた

カシャ、と少し安っぽいシャッター音がして
どこまでも続く青天井と2人が
小さな画面にまとまった

「水平線、綺麗」

飾らないあなたが素直に口にした言葉で
僕はそれが何なるかを知った
あなたは僕の手を握っていた

あの波の音を思い出す
この空が続く先で
もう一度聞きたいことがあった
もっと教えて欲しいことがあった
もっと見たいものがあった

手も届かない空へ
時も戻らない、離れ切った
あの日に酷似した空に
僕はやっぱりダサい顔でお願いした

「戻ってきてよ」

4/12/2024, 4:02:54 PM