かたいなか

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夏の終わりの足音が、秋の始まりの足音が、
まだまだ遠く感じる昨今ですが、
どうやら既に秋の味覚、サンマが水揚げとのこと。
焼き魚は基本醤油派ながら、サンマとアユとサケは塩で食べたい物書きです。
今回はこんなおはなしをご用意しました。

最近最近のおはなしです。都内某所、某アパートの一室に、藤森という雪国出身者が住んでおり、
部屋には週に1〜2回の頻度で、近所の稲荷神社から稲荷子狐が訪問します。
神使見習い、御狐見習いの子狐です。

最近この子狐、御狐見習いの証として、稲荷の神様から名前を貰ったそうですが、そこは割愛。
ともかく、ちょっぴり偉くなったのです……多分。

稲荷子狐は藤森の部屋に、稲荷の神様のご利益ゆたかな、1個200円でバッチリ大きいお餅を、
ごろっとカゴに並べて、売りに来るのでした。

「おとくいさん、まいど、まいど」
カチャカチャカチャ、かちゃかちゃかちゃ。
フローリングの木材と、稲荷子狐の鋭い爪とが接触して、キーボードを叩くように軽やかな音が、
小さく、規則的に、断続的に、近づいてきます。
「そろそろ、ヒガン、彼岸のおもち、よやく!
おとくいさん、どっさり買って」

尻尾をぶんぶん、おめめをキラキラ!
耳など幸福にぺったん倒して、コンコン子狐は藤森に、カチャカチャ、かちゃかちゃ。
タップダンスよろしく床を鳴らして、藤森に近づいてゆきました。

……ところでフローリングが爪で鳴っているということは床が爪で傷ついているということでは?

「子狐」
ゆらぁり。 子狐に背を向けておった藤森が、振り返って、子狐に目線を合わせました。
「爪が、伸びてきたな」

藤森の手には、犬用の爪切りと、それからヤスリが、軽く、握られておりました。
「おまえの母さんからは、許可を貰ってる。
『優しく切ってやってください』だそうだ」

子狐は本能的に爪切りが大っ嫌い!
狐の爪は、犬や猫の爪と同じように、神経と血管が通っておるのです。

にげろ!爪切り大嫌いな稲荷子狐は、秒で動きましたが、藤森は逃亡を許しません。
子狐はすぐ捕まってしまいました。

「やだ、やだ、はなせっ」
「フローリングを傷つけないよう、靴下するか?」
「くつしたも、やだ!やだっ!はなせ」

子狐は爪をいじられたくないので、本能でもってジタジタ、ばたばた。体を振って暴れます。
だけど藤森、ネコ目イヌ科の爪切りに慣れておるのか、それとも子狐のお母さんからやり方を聞いたのか、子狐をガッシリ捕まえて離しません!
「やだ、やだ、やだ!キツネ、つめきりキライ!」
「だろうな。我慢してくれ」
「ガマンしない!ガマンしない!やだ!はなせっ」
「よし、まず後ろ右足から。 パチン、と」

「ギャッ!!ぎゃん!!ギャギャッぎゃん!!」

防音防振対策済みの藤森の部屋に、子狐のイヤイヤが響きます。子狐のヤダヤダが刺さります。
「かかさんに、いいつけてやる!
ウカサマに、いいつけてやる!」
「許可は貰ってる。言っただろう」
「ウソだやい!かかさん!かかさん!」

「はい、後ろの右足終わりだ」
「はなせ!はなせ!やだっ!」

「爪切り終わったら美味い肉が待ってるぞ」
「たべる」
「私の故郷の雪国和牛。おまえの好きな食い方で」
「たべる。キツネ、いいこする」

パチン、ぱちん。じょりじょりじょり。
子狐の爪はキレイに切られて、よく整えられて、
そしてついでに、足の裏の毛もキレイさっぱり。
「すっきり」

その後は子狐、藤森が焼いてくれたご褒美をちゃむちゃむ、幸福に食べて楽しんで、
軽やかな足音を響かせて、稲荷神社に帰っていったとさ。 おしまい、おしまい。

8/19/2025, 9:58:45 AM