小砂音

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#51 ジャングルジム

「猿め。」
腹の出た草臥れたスーツ姿のおっさんにそう吐き捨てられても、僕らは何も感じなかった。

むしろ、アルコールに熱せられた優越感がますます膨張して、缶の中身を今すぐにでも空にしたくなる衝動に駆られた。

お金の無さと不自由さに苛まれながら、ただただ若さだけを自覚し呑んでいる僕らには、この公園はあまりに広大で、闇に包まれた安全な楽園で。大人など取るに足らない存在だった。

錆びた歯車が消えていった、暗く茂った道を目で辿っていると、膝のあたりでふわりと風が舞った。咄嗟に振り返る。

そこには彼女が居て、風は、ワンピースの裾が彼女の大胆な歩幅に合わせて翻った証だった。

彼女は公園の中央に佇む城に手を掛けたところだった。僕はあれだけ頼りにしていた缶ビールをその場に捨て置いて、反射のように彼女を追った。

「君も来なよ。怖いよ」

怖いと言う割に、彼女はとても楽しそうな顔をしている。街灯に照らされた恐らくブルーの無骨な遊具は、側から見れば大した高さには見えない。

僕は彼女のスカートの中につい視線を走らせてしまってから、すぐに薄汚れた青い棒に手を掛けた。許可を得た僕は、永くて短い夏休みの愚昧な勝者だった。

確かに実際に登ってみると、足場の頼りなさが高さを押し上げて感じられた。身体を捩り入り組んだ躯体を見下ろしながら、上手くすれば、たぶんこれを使って死ぬことだってできると思った。

「猿ならこんなもの、怖がらない」

僕は気がつくと、余計な言葉をこぼしていた。彼女のかわいい眼球が、僕の方を向いた。

「いい眺めだ」

そう取り繕うように続けた僕に安心した彼女の気配を知って、僕は瞬く間に永くて短い夏休みの英明な敗者となったのだと、悟った。

分かっている。ぼくは公園の正しい広さを知っているし、塞いだ耳から大人の足音を聴いている。

自分がどれだけ不安定なところに座っているかも、ちゃんと、分かっている。

9/23/2023, 4:28:22 PM