ドルニエ

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 空が泣く、って言うけどさ――と苦い顔でその人は言った。
「本当に泣くんだったら、どこもかしこも沈んじゃって、陸地なんかなくなって、人間も他の陸の生き物も絶滅しちゃってなきゃおかしいと思うんだけど。というか私が空だったら雷と嵐で人間だけ滅ぼす」
 途中までロマンチストっぽいことを言ってるな、と思っていたら、最後に物騒なことをつけ足す。
「だから空に感情なんてないし、神サマもいない。そうじゃないとやってられないよ」
 うん、今ので言いたいことは分かったよ――と僕は応えた。
 言いかたはきついし、顔も怖いから共感は得られないだろうけど、実際神も仏もないし、正義も不実も人間がその場その場で勝手に考えて喚いているだけなのだ。大真面目にそれにつき合って、生きかたを縛ったり、善悪を語ったり、ましてや断罪するなんて行き過ぎ、傲慢だ。ある意味、メメント・モリ的な享楽的な態度でいないと、やってられない。
「でも、そういうモノを作らないとまとまらなかったのかもしれないね。当時としては」
 だから今は、というかこれからどうするかは――うん。迷信っていう言いかたでは彼らは納得してくれないよ。彼らがどう考えてるか、どう振る舞うつもりなのか分からないけど。
「うん。で、ええと――」
 何を言おうしたんだったか――とその人は眉間に指を当てた。その指の曲げかたが妙にきれいというか、さまになっている。
「駄目、思い出せない」
 この話、一旦終わり。そう言ってその人が椅子を引いて背と脚を伸ばすと、僕の脛が蹴られた。
「ちょっと」
「ごめん」
 その人は謝って機敏に立ちあがると、コーヒーと紅茶どっちがいい?と訊いた。

9/16/2023, 11:50:00 PM