《善悪》
ぼくのクラスにはとっても可愛い女の子がいる。
男の子は苦手みたいで、男子が近づくといつも友達の後ろに隠れてしまう。
クラスの男子の半分くらいはその子のことが気になってて、その中の更に半分はちょっかいを出しては泣かせてしまう。
その度にその子の友達の女子がそいつらを撃退するのがいつものパターンだ。
「好きなら優しくしてあげればいいのに、どうして意地悪ばっかするんだろう。あんなことしてたら嫌われるだけなのに」
ぼくは不思議でたまらなくて、帰ってからお兄ちゃんに聞いてみた。
お兄ちゃんはぼくより10歳上で、ぼくのお母さんのお兄さんの子供……イトコだ。
ぼくのお姉ちゃんに勉強を教えるカテーキョーシのアルバイトでよく家に遊びにきてる。
お兄ちゃんは何でも知ってるから、ぼくは分からないことがあるといつもお兄ちゃんに質問するんだ。
ドリルをやってるお姉ちゃんの横でスマホで動画を見てたお兄ちゃんは、ぼくの言葉にぷはっと笑った。
「そいつらはその子の気を惹きたいんだよ。でも、照れくさかったり、どうやって接したらいいか分からないんだろうな」
「男子ってほんとバカ。やられた方は嫌な思いするだけだし、そんなことする奴らなんか好きになるわけないのに」
お兄ちゃんは拗らせてるなって言って笑ってるけど、お姉ちゃんはドリルの問題を睨みつけながらぷりぷり怒り出してしまった。
お姉ちゃんもぼくと同じくらいの頃に男子に何度もちょっかい出されて泣かされてたんだって。
ぼくは慌てて首を振った。
「ぼくは意地悪してないよ!」
「当たり前でしょ。もしあんたがそんなことしたらもう一緒にゲームしてやんないからね」
「やらないよ!」
意地悪してる男子たちはクラスでもちょっと乱暴な子たちで、ぼくはあまり仲良くない。
あの子への意地悪をゲームみたいに楽しんでるみたいなのが見ていてムカムカする。
「まあ、好きな子に意地悪したくなる気持ちも分からなくないけど……」
「えっ?」
「それはともかく。庇えるようならなるべく庇ってあげな。1人じゃ無理なら友達と何人かで対抗すればいい。撃退してる女子も味方になってくれるだろうし、そいつらも自分達が孤立したらさすがに懲りてやめるだろ。それに、庇ってくれたらその子もきっとおまえのこと良いやつだって思ってくれるよ」
「うん……」
いつも絶対正しいはずのお兄ちゃんが、さっきは何だか少し変なことを言った気がしたけど……きっとぼくの聞き間違いだよね。
お兄ちゃんに限って、好きな子に意地悪するなんてありえないし。
「好きな子に意地悪とか、小学生と同じレベルじゃん」
「お姉ちゃん、今なんか言った?」
「別に! 何も言ってない!」
「……その問題、簡単すぎたみたいだな。次はもっと難易度高いのを出題してやろう」
楽しそうに言うお兄ちゃんに、お姉ちゃんが涙目でぷくっと頬を膨らませる。
それから、お勉強の邪魔になるからって、ぼくはお姉ちゃんの部屋を出るように言われた。
お兄ちゃんの高校のジュケンは難しいみたいだし、お姉ちゃんがお兄ちゃんと同じ高校に入るのの邪魔はしたくない。
「お姉ちゃん、お勉強がんばってね」
「待って! いていいから! 邪魔じゃないから!」
「駄目駄目。すぐ気を散らしちゃうんだから」
引き止めるお姉ちゃんの声と宥めるお兄ちゃんの声を聞きながら、ぼくは手を振って部屋を出た。
階段を降りながら、明日はどうやってあの子を庇ってあげようか考える。
格好良く庇ってあげられたら、もしかしたらあの子がぼくのことちょっとは気にしてくれるようになるかも。
お姉ちゃんは小さい頃、いじめっ子たちから庇ってくれてお兄ちゃんのこと好きになったって言ってたから、きっと可能性はあるんじゃないかな。
ぼくも、お兄ちゃんみたいに、あの子のヒーローになれるといいな。
10年後、お兄ちゃんと同じく、好きな子に意地悪したくなる気持ちを理解できるようになってしまうなんて、そのときのぼくは知る由もないのだった。
4/27/2023, 5:34:45 AM