偶奇数

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「しーっ!」
 僕は音を立てないよう目の前の友人に向かって人差し指を自身の唇に当ててみせた。その忠告に目の前の彼は頷くと姿勢を正そうと、わずかに背を伸ばす。あ。これから起こることが容易に想像できて思わず目をつむる。
 ごん。押入れの天井の板がゆっくりとぶつかった彼の頭を弾き返した。
「いったぁ…」
 彼がゆっくりと頭を抱えた。顔が泣きそうになっている。目の前の彼のことは可哀想だけれど、僕はそれよりも今のぶつかった音で自分たちが鬼に見つからないか、気になって仕方がなかった。
 彼の姉の鬼がこの部屋にまだいないことを確認しようとして押入れの扉をそろりと開ける。う。眩しい。押し入れの暗さに慣れきった目が麻痺し思わず目を細める。
 幸いなことにまだ彼女は近くにいなさそうだ。そのことに安堵して視線を押入れの中に戻す。もともとあった布団の山と隠れようと提案した僕と、その言葉に頷いた彼。それがこの空間にあるものの全てだった。



 黙々と手を動かす。これは何で代用できる?しばらくの後に、頭がストロー、という案を提案する。その言葉に頷くと、俺はストローがあるであろう台所に駆け出そうとして、片足が近くのコードに引っかかった。
 ぐらり、と視界が揺れ、咄嗟に両手を衝撃を緩和しようと伸ばす。ぐ。  
 幸いなことに頭に直撃はしなかった。両手は痛いが、普通に動く。まあいいか。子供じゃないんだし、これぐらいはすぐに治るだろう。

 幼い頃、狭い押し入れに隠れた記憶はなぜか、他の記憶よりも色濃く残り、今でも時々思い出す。あれほどたかがかくれんぼで緊張したことはないだろうし、なによりあそこに存在した狭い空間に詰まったものでできた小さな世界。
 そのことに魅了された俺は、成長して学生の頃からミニチュアで狭い部屋を作り始めた。記憶の通りの押入れから天体望遠鏡しかおいていない天窓がある部屋。色々なものを詰め込み完成した狭い部屋は俺の部屋の棚に丁寧に飾られており、時々アルバムのように振り返るのが趣味だ。
 ほうら。手元のライトに照らされた完成した部屋を見て俺は笑みを浮かべた。昔よく遊んだ祖母の家の部屋。その記憶のすべてが、ここには詰まっている。

6/5/2024, 12:17:20 AM