モダライ

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こんな夢を見た。

太陽がさんさん照って、あっつくて、汗びっしょびしょになりながら友達とだべって、アイス食べてた。こんなに暑いのに、外で友達みんなと一緒にお喋りして。これはまるで魔法みたいで、あっという間にアイスも食べ終わっちゃってた。
部活終わり。昼下がり。夏のこの時間帯が何気にいちばん好きな気もする。
友達とそのまま遊び行くとか迷ったけど、シャワー浴びたくてね。家に帰った。
玄関のドアを開ければ全身を撫でた冷気に、あ、お母さん、エアコンつけてから仕事行ってくれたんだなあって思った。
身体中の汗を流して、風呂をあがれば、独特の空気感が身を包んだ。髪の毛の水気をある程度切って、体ひとつ分まるまる覆うくらい大きいバスタオルを巻く。中学校時代の体操服の短パンを履いて、一昨年使っていたクラスTに袖を通す。三年間使い古したおかげで程よく体に馴染んだ短パン、そして、1-Bと書かれたクラスTは、動きやすくてお気に入りなの。
鼻歌交じりにドライヤーをコンセントにセットして、温風をかける。まだ湿ったセミロングが靡く姿を鏡越しに見ていた。スマホ片手にドライヤーをかけていれば、友達から「三時集合ね」のメッセージ。市営プールに行く約束の話だ。慣れた手つきで「了解!」と打てば、洗面台の傍らにスマホを置いて、髪を乾かすことに専念した。
時刻は二時。まだ家を出るには早かったから、リビングでスマホを弄っていた。ソファに寝そべって、ごろごろ。ちょっと、うとうとする。
なんだか、気配を感じた。ウチは玄関扉の横に磨りガラスの窓があるおうちなんだけどさ、そこで揺らめく影が見えたの。なんだか、その影に見覚えがあった。
宮川けい。近所にある孤児院のような施設出身の、四つ上の男の子。年端もいかないうちはふたりで遊んだり、他の子も混じえて遊んでたりした。まあ所謂、幼馴染だ。つんつんしてて素直じゃないけど、根はとても優しい人だった。年が上がるにつれて…私が中学生になってすぐくらいだったかな、二人してあまり顔合わせ無くなっちゃって、それから彼はどこかに行ってしまったけど。
…………本当は好きだった。彼のことが。好きだったと言うより今も好きだ。かっこよくて、ぶっきらぼうな言い方するけどでも言葉の端々に優しさが滲んでいて。大好きだった。
そんな彼のような影が…、というより、彼の影だ。彼の面影が数メートル先に見えている。よく目立つ金髪のツンツンヘアー。ポケットに乱雑に手を突っ込んでいるが、それも彼の癖だった。
朧気に映る影が、この上なく愛おしい。儚げで、すぐに消えてしまいそうな気がした。影が動く。去ってしまいそうな様子。居なくなってしまいそうな、もう二度と会えないような気がした。
会いたかったよ、会いたかった。どこにいたの、ほんとにさ、連絡先のひとつでも聞いとけばよかったよ。会いたかったんだよ待って。
靴も履かずに、裸足のまま駆け出す。陽の光に晒された地面は当たり前にあつい。外と家の中とで温度が違うせいで外に出た瞬間に感じた、もわっとした生ぬるさが体に浸透していく。それも気にならなかった。少し遠くに見えた彼の背。やっぱり彼だ、けいちゃんだ。少し大きくなった背、私はそっと抱きついた。
「けいちゃん」
昔はよく抱きついたりしていた。大好きだから〜なんて言って。今ではもう前のような可愛らしい理由じゃきかない。だってこうやって会話を交わすには久しぶりすぎる。私、来年から大学生なのに。彼なんてもう、成人しているのに。けれども、彼にどう思われようと、離してはいけない気がしたの。
彼は何も言わない。でも振り払わないということは、拒絶の意は彼にはない。少しの安堵と、やっぱりあの頃のガキンチョと寸分も変わらないだとか思われてるのかなっていう少しの不安と、やっぱり女とは思われていないのかなって悔しさを感じた。
無音の時がしばらく続く。彼の背にまわされた私の腕に、肌に、そっとなにかが触れたような気がした。あたたかい。外気温は高く窮屈さを感じる。そこに更に加わったあつさのはずなのに、嫌では無いあたたかさ。彼の手だった。その手は少し汗ばんでいて、そこにけいちゃんが居るんだという事実を実感させる。けいちゃんは、彼の根がそうであるように、まるで壊れ物でも扱うかのように、優しく、私の腕に触れていた。
「おう」
あの頃より少し低くなった声が聞こえた。相変わらずぶっきらぼうで、乱暴な感じの言い方だけど、やはり端々に優しさが溢れていた。思いが溢れる。止まらない、多分止められない。
「けいちゃん……私、けいちゃんの事ね、」

だいすき。

目を覚ます。寝てしまっていたみたい。寝惚け眼で手元のスマホを開けば、時刻は午後二時半。あれ、いつから寝てたんだろ……。
メッセージアプリの通知が届く。プールの約束をしていた友達からだった。あーそうだ、そうだった、あー…もう、こんな時間か……。
まだ開ききっていない目を擦り、重い体を起こす。ほんのちょっと頭がくらくらした。
…あーあ…夢じゃなくて本当に会えたならどれほど……。
うーん、だめだめ。どこにいるかも今じゃ分からない初恋の人を想う気持ちはさっさと胸の奥に秘めて、とにかく友達との予定を、楽しまなきゃ。頭をぽりぽり搔いて、着替えをしに自室に向かう為に立ち上がった。

「こんな夢を見た」

1/24/2023, 9:35:34 AM