紅茶の香り
来週の日曜日、紅茶のパウンドケーキを作ります。
ポテトチップを頬張っていた僕に向かって、彼女が高らかに宣言した。
どうしたの、突然。
昨日、お兄ちゃんの奥さんが作ったの食べた。すごく美味しかった。やっぱり、ああいうオシャレなスイーツを作れるのが大人だと思うのよね。
ふむ。
ということで、日曜日、必ずうちに来るように。
はあ。あの、ケーキ、作ったことあるの?
彼女はフフッと遠くを見て笑った。
このケーキは、私にとっては小さなケーキだが、人類にとっては大きなケーキになるであろう。
よくわからんけど、行きますよ。来週。
さて来週か。1週間あるな。それじゃ……。
そして日曜日。
お呼ばれした僕は、ケーキ作りを手伝おうとキッチンに入ったが、座っててと言われて追い出された。大人しくテレビを見て待つ。
お客様、お待たせしました。
彼女が明るい声で皿を運んできた。
ええっと……。これ、ケーキ、だよね。
皿の上には、正解の形がわからない何かが載っていた。
まあまあ、見た目はね、アレなんだけど。大事なのは味だから。ほれ、食べて食べて。
僕は促されるままに口に運んだ。
どう?
うん。紅茶のパウンドケーキだね。
わかってるよ。そうじゃなくて。美味しい?
ええっと。紅茶の香りがすごいね。深煎りというか、芳醇というか、濃厚というか……。量、入れすぎというか。自分で食べてない?食べてみて。
彼女も一口食べた。
うっ。いや、でもさ、これぐらいが大人の味なわけ。この渋みがさ。ほら、このアッサムの香りがさ。
何かを決して認めようとしない彼女。もう一口食べて、何かを必死に主張していた。
こんなこともあろうかと。
言いながら僕は、テーブルに瓶を出した。
なにそれ。
ドライフルーツです。レーズン、ラズベリー、イチヂク、クルミ、アーモンドをラム酒に漬けてみました。1週間。
話しながら、箸で摘んで彼女のパウンドケーキに添えていった。
うわ、香りが。甘い香りがすごい。っていうか、凄すぎない?せっかくの私のパウンドケーキの香りが、消えちゃうよ。
まあまあ、そう言わずに食べてみよう。
ふたりでケーキとフルーツの両方を食べてみた。
あら。なんというか、いい感じね。ラム酒の香りで紅茶の香りがマイルドになった感じ。ちょうどいい感じ。
そうだね。
香りがケンカしてない。例えるなら……。ごめん、思いつかない。バトンタッチ。
例えるなら、紅茶の濃厚な香りの旋律にラム酒の香りが重なり合い、まるで紅茶庭園の中を散歩しているような、優雅な午後のひととき。
おお、いいじゃん。
笑いながら彼女は、アーモンドをカリカリ食べた。
っていうかさ、こんなこともあろうかとってなにさ。
まあまあ。怒らない怒らない。優雅な午後のひととき。
そうだった。優雅にね。大人だから。
10/27/2024, 11:33:01 PM