『失われた響き』
彼女の声が失われた。
……明らかに、僕のせいであった。
夕暮れが沈む公園の中、ベンチに座って黄昏れる。
俯いたまま、ずっと足元のアリが巣へと帰るのを眺めていた。
「いいよな、お前たちは家に当たり前に帰れて」
僕は家に帰れない。
……帰りたくない。
いったい、どの面を下げて帰れというのだろうか。
僕には分からなかった。
《大丈夫?》
音もなく、突如として目の前に差し出された紙。
僕は目をかっぴらいて、背を大きく反らした。
「うっ、うわ! なに?」
《ごめん、ビックリさせちゃった……かな?》
声を失った彼女が、眉を下げてこちらを心配そうに見ていた。
「あ、僕こそ……ごめん」
《ううん》
帰ろう、と手を伸ばす彼女の顔が見れない。
僕は顔を背けたまま、差し伸べられた手も取らずにベンチに座り続けた。
「帰れないよ。だって……僕は」
《?》
「僕を庇って、君の喉にナイフが刺さって……来月にライブだって、あったのに」
《あなたが無事で良かった。それで満足だよ》
優しそうな顔で彼女が笑う。
その笑顔に僕は鼻を鳴らし、ぼたぼたと大粒の涙を流した。
泣いても泣いても溢れ出てくる涙、止められなくて服の裾がびちゃびちゃになる。
彼女は苦笑した様子で、ハンカチを取り出して目元に当ててくれた。
「ごめん、ごめんね。本当にごめん」
「 」
失われた響きが、どうにも胸をつんざいた。
僕はこの胸の痛みを、一生抱えて生きていくのだろう。
《大げさすぎ。半年後には声を出せるようになるってのに》
「半年も、じゃないか」
おわり
11/30/2025, 5:16:14 AM