蒼ノ歌

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『やわらかな光』

私は特異体質を持っている。
人の感情が手に取るように分かるのだ。
これだけでは特別感が微々たるものであろうからもう少し説明を加えよう。
言葉の通り、内発的な心理変化を物理的に感触として捉えることができるのだ。
余計理解不能になった?ではそうだな、近頃起きた出来事を、この不思議な体質の説明として語らせていただこう。


東暦20141年 13/12(Wen) 14:58
その頃私は大学のレポート作成に追われていた。
旧暦の地球の文明を研究していたのだが...ビデオ?ばんそうこう?ペットボトル?訳のわからない言葉ばかりだ。
古代文明を0から学び始めて1年弱、研究に入り浸る私の唯一の友達はこのとっくに冷め切ったクソ苦いコーヒィであった。

精神的疲労が爪先まで到達しようとしたその日、彼女は私の存在を繋ぎ止めた。
「ねぇ、何の勉強してるの?君」
彼女の口から出た言葉は、その時の私にとって最早音の羅列にしか聴こえていなかった。
「おーい、だいじょぶそ?」
徐々に本来いるべき世界へ意識がコネクトする。
「へ?あ、う、うん」
自分でも情けないくらいの腑抜けた声が出た。
私が返事をすると彼女は安心と好奇心を含んだ瞳で私に向かってはにかんだ。
「お、生きてた生きてた!いやぁさっきから君瞬き一つもせずにいるんだもの。座ったまま逝っちゃったのかと思ったよ」
彼女は流暢に喋り出す。
「でね、実は君に一つ聞いてほしい事があるんだけどね」
「う、うん」
「私もその研究に尽力させてもらいたいの」
「うん、うん............う.............................ん⁉︎⁉︎」

彼女は私にとってのメシアであった。
「へぇー、こういうことやってるんだね...へぇ...」
彼女は、私が研究に捧げた時間が決して無駄ではないのだと分からせるかのように全てのことに好奇の気持ちを向けてくれた。
それでいて彼女が私に向ける感情は、とても温かだった。
今までに汲み取ってきた数多の感情とはどこか違う。
心地良い温みと、春の陽光の様な柔らかさ。質の良い光を想起させる、そんな触り心地の感情であった。


そんな彼女と私は今、過去の時空と現在の時空を一時的に繋げることに成功している。
そこの君、2023年を生きているので合っているかな?
私の話を聞いてどう思ったかな?
君達のテクノロジー、ましてや私たちの技術を持ってしてでも、実は未だ人類の感情を認識する事は不可能なんだ。
だから、こんな特異体質を持って生まれた私にしてみたら「感情を推測する」という行為の重要さが分かりかねるんだ。
気持ちを汲み取るのはとても疲れる事だろう。皆がそう口々に言うよ。
でも出来るなら気持ちを分かろうとすることをやめないでほしい。ある意味、感情は人間のアイデンティティの要素であり、それが誰か他者に伝わって初めてその人のパーソナリティが確立すると思うんだ。
感情を理解することをやめてしまったら、人間が人間でいられなくなる。だからどうか、この鮮やかな「人間」という生物を心と心で捉えてほしい。
で、でも!無理に分かろうとはしないで!それで君の心が壊れたら大変だ。何事も無理は良くない。ちょっとずつ、ちょっとずつでいいから...。

それじゃ、君にもやわらかな光が訪れますように。
未来で待っているよ。

...

10/16/2023, 12:29:25 PM