長月より

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正直

「ショーゴくん、正直に、嘘偽りなく言ってくれ。この光景をどう思う?」

 高宮早苗の質問に宮川翔吾は眉根を寄せた。目の前には来週に差し迫った中間試験の試験勉強でおかしくなったクラスメイトが数名、奇声と奇行を繰り広げているところだった。

 あるものは教科書を握りしめて泣き、またあるものはどうしてこの問題が解けないんだと嘆き、またあるものはぶつぶつと数式を呟きながら床の上で横になって地面にのの字を書いている。そして今もう一人が急にミュージカルをし始めた。「どうして勉強しなきゃいけないの〜」と歌いながらくるくるまわり、窓の方へ移動している。

 その光景に対し、どう思うかなんて質問は、正直に言わなくともはっきりこう言える。

「地獄か何かか?」

と。

 翔吾たちが通う高校は、割と田舎の私立高校である。しかも、進学校がつく。これは他の同級生に言わせてみたら嘲笑めいたものを含めたくなると言っていたが、まあ課題と試験と模試が他の学校より少し多いだけの、いたって普通の学校だ。毎日きちんと授業を受けて、課題をこなせばそれなりに点はもらえるだろう。実際、翔吾は課題と一時間程度の予習復習だけで普通に合格点を叩き出している。試験前に無理矢理時間を確保して勉強をするなんてことはしない。

 だが同級生の中には、どうも勉強していなかったものが多いらしい。部活に明け暮れていた。勉強は軽く課題をする程度で終わっていた。そもそも課題も提出期間ギリギリまでやらない。というか授業中寝ている。そんな学生生活を満喫、もとい怠惰に過ごしていたものたちは今になって勉強というものに火がついたのである。

 しかし、普段から勉強をしていなければ、解けないものは多いはずで。そのため、出題範囲の勉強を始めても、何もわからないとなっているのだった。何もわからないってどうわからないの? 全部。全部ってどこまで? 正直ここって授業で習ったっけ? そんな具合である。

 しかも、「今回は全員全教科70点以上取ったら、アイスを奢ってやる」という謎の発破をかけられたせいで、全員やる気が満ちていたところに70点とか夢のまた夢じゃないかという現実的なショックもあり、生徒の発狂に拍車をかけていた。我が担任ながらなかなか酷なことをするなと翔吾は密かに思っている。

「もうだめだ。俺のせいでみんなのアイスが無くなっちまう……」

 一ノ瀬という男がどんと机を殴りながら悔しそうに顔を歪めた。いや、お前は他人のアイスの心配より赤点が回避できるかどうかを心配しろよ。お前前回の試験で化学がやばかったって知ってんだからな。そう言いたかったのを翔吾はグッと堪えながら「お前ならできるぞー」と棒読みで声援を送った。

「宮川……! もっと心を込めて言ってくれ!」

 やっぱ正直にアイスの心配してる暇があったら勉強しろって言えばよかった。翔吾は大きくため息をついた。

「どう足掻いても全教科70以上は無理だろ。これ」
「まあ、僕も無謀だなあとは思っていたんだ。進学クラスなら余裕だろうけれど、生憎うちのクラスは標準クラスだからね」
「つーか普段から勉強してたら普通に70はいくだろ。勉強していなかったのが悪いんじゃねえか」
「ショーゴくん、あまり正直に言ってやるな。彼らが灰になってしまう」
 一ノ瀬を筆頭に翔吾と早苗のやりとりを見たものは低く弱々しい呻き声をあげ、机や床に突っ伏し始めた。さっきまで一人ミュージカルをしていた人物、萩沢に至っては歌うのをやめて窓の外に身を出しそうになっている。流石に飛び降りなんてことはしないだろうが、追い詰めすぎたかと思い翔吾は少し反省した。

「まあ、なんだ。とにかく後一週間あんだから俺と早苗と凪野、池倉あたりで教えれば何とかなるだろ」
 そう言って、翔吾たちのクラスでかろうじて成績優秀で今勉強を教えている最中の人の名前を数名あげた。凪野はもうこれ以上一ノ瀬のバカに化学なんて教えられるかと抗議の声が上がったが、そこは無視することにする。

 とにかく一週間、赤点を取りそうな奴を中心に、勉強会をひらけば良い。

 翔吾は萩沢に古典を教えるようにと早苗に耳打ちしたのだった。

「ショーゴ君もアイス食べたいんだ?」
「正直、アイスのことはどうでもいいけど、担任が赤点のやつがいたから次の授業で小テストなとか言われたくないしな」
「なるほど。君は本当に正直者だね」

6/2/2023, 10:50:53 AM