七雪*

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 あなたの言葉を、私はまだ憶えているの。

 静かに腰を下ろした電車の座席。朝焼けの色がやけに朱く視界に映る。その光景はまるで夕焼けの様にも見える。ただ、日の居場所が違うだけ。淡い日の光に薬指をかざすと、指輪の縁が小さな星の様に、白く輝いた。

 やがて扉が閉まり、私を乗せて電車は動き出す。中々返信の来ない携帯を触るのは気が引けて、窓の外を窺った。私を乗せた電車は進んでいるというのに、空は動かない。じっと、ただ立ち止まってそこにいる。まるで、夜を待っているかのように。私は、指輪にそっと手を触れた。あの人と私を繋ぐ、確かな形が指を通して伝わってくる。あと、一年。地平線の向こうのあの人を想って、片方の手のひらで包み込む。縁に彫られた二人のイニシャルに、指を這わせて。

 アナウンスが車両内に響き渡る。いつもの駅に着いたようだ。まだ目が覚めない太陽の代わりに、白い月が空に昇っていた。夜の時の様な輝きも持たない、ただの白い岩の塊。けれど、違う様で、同じ月な事に変わりはない。不意に、あの人の笑顔が脳裏にちらついた。あの人と私の形も、学生の時とは変わったのだろう。だけど、変わらないものだって、私達の間には存在する。その事に気づかせてくれたのは、他でもないあの人の言葉だった。髪もボサボサで、ちっとも格好なんてついていなかったけれど。でも、来てくれた。逢って、私がずっと欲しかった言葉を私にくれた。互いの想いが、漸く通じ合った。その時の私は、世界で一番幸福だったに違いない。空っぽだった私の心は、確かにその言葉で満たされたのだから。

 随分と長く待たされたけれど、これからその空白をゆっくりと埋めていこう。顔にかかった後れ毛を、耳に掛ける。地平線の向こうの小さな星の持ち主に、笑みを一つ残して歩き出した。

 これからも変わる事のない、たった一つの想いを胸に抱いて。

4/9/2023, 2:24:28 AM