あるまじろまんじろう

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 とさ、と、静かに着地をする音が聞こえた。紅葉の帳が降りる逢魔が時、決まって静かに現れては、いつの間にか消えている音。縁側に座る私の、すぐ隣にいる音の主は、いつもただ黙って私を見ている。私はゆっくりと立ち上がると、数歩ほど歩いてみる。ガサガサ、と落ち葉を踏む音が静かに響いた。

「こうして会うのも、今日で最後になりそうね」

 縁側に座り、私を見る男は、罰が悪そうに立ち上がると私の手をとり縁側へ連れ戻した。そよ風が頬を撫でる。この心地よい風は、あと少しで肌を刺すような冷たい風に変わるのだ。

「何か、喋ってくださいよ。私だけ話をするのは寂しいわ。それとも、何か怒っているの」

 男は気まずそうに息を吐いた。

「怒ってないよ、……ただ、僕が今までここにきてたの、バレてたんやなって恥ずかしくなっただけ」

 握った手の感触。どこか力の抜けた、ゆるりとした声色は出会った時と何ら変わらず、どこか可笑しくて、くすり、と笑った。

「……ほんと、いやんなるわ。人間が生きられる時間は短い」
「まあ、貴方からするとそうね」

 私は、随分昔に機能しなくなった瞳を彼に向けて微笑んだ。彼は、私の手をぎゅっと握った。ひんやりとした外気に寒くなった体を震わせると、彼が私の背中に羽毛をまわすのが分かった。

「今年は、もうここへ来ないんでしょう。明るい話がしたいわ。ほら、思い出話とか、ね」
「……呑気やな。君は。来年の秋までもたないって、医者から聞いた。……最後って、君も分かってるやろ」

 男はむっとした口調で吐き捨てた。私は困ったように笑って、でも何も言わなかった。

「……最後くらい、なんかないの。もっと生きたいとか、死にたくないとか……そんなん。……一応、僕妖怪だから、君のお願い、一つなら叶えてやれるけど」

 背中にまわった羽毛にぎゅっと力が入った。そうねぇ、と呟いて、お願いを考える。今、彼はどんな表情で私を見ているのだろう。初めて出会った時から胡散臭い薄ら笑いばかりしていた彼は、今。

「じゃあ、思い出話に付き合ってほしいわ」

―――

 畳の上に敷かれた布団。横たわる彼女の傍らで、妖怪は呆然と座っていた。去年の今頃、妖怪は彼女と思い出話をした。話した思い出は出会った時のものばかりで、それでも彼女は嬉しそうに笑った。

 彼女は、肝の座った少女だった。唐突に彼女の前に表れた妖怪に、自分も十分に食べれていないだろうに、少ない飯を恵んでやるくらいには、強かな娘だった。妖怪が少女を好きになるのに、時間はかからなかった。寿命について意識しだしたのも、このごろだ。少女の寿命はあとたった数十年でつきる。数千年生きてきた妖怪には、その事実がたまらなくつらく感じた。これ以上好きにならぬように、妖怪は少女が成人を迎えるのと同時に忽然と姿を消した。少しだけ離れて、結局戻ってきた時には彼女は年をとっていて、事故で失明していた。それから秋の間は彼女を見守って、怖じ気づいて離れ、また秋に彼女のもとへ戻る、を繰り返していた。そんな調子だったので、思い出話をしたいと言われた時、妖怪は何も言えなかった。

 距離を取っていた時間も、全部。彼女にあてていればよかった。そして、かなうなら彼女と共に年をとりたかった。後悔する時は、いつもこうだ。

 彼女は春を迎えるとほどなくして息を引き取った。妖怪は思い出を語れなかったあの日から、彼女の側にいることを決めた。久しぶりに、一緒に桜をみた。ほどなくして青葉にかわり、また紅葉の帳をおろすのだろう。

 妖怪は静かに目を閉じた。



過ぎた日を想う

10/7/2023, 5:16:03 AM