お題『僕と一緒に』
カーテンの隙間から、夜の街灯りが差し込んでいる。
深夜0時過ぎ。ふたりは並んでベッドに座っていた。会話が少し止まって、時間がゆっくりと流れていく。テレビも音楽もない部屋で、心音だけが響いているような静けさ。
「……ねぇ、七海サン」
「はい」
「緊張してます?」
「……してますね。少しだけ」
「俺も、です」
ふと笑い合ったその表情に、いつもの余裕はなかった。
けれど、それがたまらなく嬉しかった。お互いがお互いを大事に思ってる証拠のようで。
「……七海サン」
「なんでしょう」
「今日、そういう流れになるって思ってなかったですよね?」
「正直に言えば、はい。……でも、嫌ではありませんよ」
「うん……俺も、焦ってるわけじゃないです。ただ……」
「ただ?」
「“ちゃんと好き”ってこと、伝えたくて」
「……十分、伝わってますよ。言葉でも、行動でも」
「でも、もっと深いところまで……触れたいって思ったんです」
その言葉に、七海は目を伏せる。わずかに手が震えている。年上の彼が、こんなふうに脆さを見せるのことは滅多にない。
だからこそ、猪野はゆっくりと手を重ねた。指先ではなく、手のひら全体で、心ごと包み込むように。
「七海サン」
「……はい」
「無理はしてほしくないです。今じゃなくてもいい。……ただ」
「ただ?」
「“その気持ちがある”って、分かち合えるだけで、俺は嬉しい」
七海は猪野の目を見た。それは彼らしく、まっすぐで、真剣で、優しい瞳だった。
「……君となら」
「……うん」
「私の“はじめて”を、預けてもいいと思っているんです」
「……っ、七海さん」
猪野は七海の手をそっと引き寄せ、唇を落とす。そして、小さく囁く。
「“俺と一緒に”迎える“はじめて”は、焦らず、丁寧に、ちゃんと愛情をこめて」
「……ええ。君とだから、大丈夫だと思えるんです」
ベッドの上、灯りは消さないまま。ふたりは寄り添い、そっと額を重ね合った。
まだ触れていない。まだ踏み込んではいない。けれど、心だけは重なっていた。
愛しさを、もっと深く分かち合う“夜の入り口”。
「……大好きです、七海サン」
「……私も。君と一緒にいられて、幸せです」
9/23/2025, 2:07:57 PM