裏表のないカメレオン

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 カップから唇を離すと、口の中にコーヒーの苦味がひろがった。
 それをゆっくりと噛みしめるわたし。本を読むときのお供としてコーヒーを飲むのだが、今日のは豆が違うのかいつもより苦かった。
 しかしこれも……。
「やっぱり、最高」
 至福のひとときに思わず声が漏れる。わたしはコーヒーなら何でも好きなので、今日のも飲めた。
 雨が降ると、きまって足は、角を曲がった。まっすぐつづく道をゆけば駅に着くというのに。
 路地裏にひっそりと佇むこの店に、はじめて連れられた日も、たしか雨が降っていた。
 コーヒーを飲みながら、本が好きだった君との想い出が走馬灯のように駆け巡った。
 硬く目をつむる。不思議と涙はこぼれなかった。
 いま、これだけは、はっきりといえる。これからもここでわたしはコーヒーを飲み続けるだろうと。もうこの世にいない君にもういちど出会う日まで、きっと。

4/8/2024, 3:20:09 PM