イオリ

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今日の心模様

 不機嫌そうだ。テーブルに皿を置く音でわかる。険のある音。

 何かあった? 恐る恐る年上の彼女に訊いた。

 別に。と、だけ。これは……。まずい。原因は全くわからないけど、心のなかで静かな嵐がうごめいている。なんとかせねば。

 ちょっとコンビニ行ってくる、と言って僕は部屋を飛び出した。

 午後9時。近所の花屋はもう閉まっていた。しかたなく、24時まで開いているスーパーに行った。薔薇を買おうと思っていたがなかったので、別の赤い花を一本買って帰った。

 部屋に戻って、彼女に気づかれないように着替えた。そして、テレビを見ている彼女の後ろ姿に、意を決して声をかけた。

 すいません、セニョリータ。僕と踊っていただけませんか。

 振り向いた彼女が、目を丸くする。

 なに、どうしたの。っていうかなんでタキシード着てるの?っていうかタキシード持ってたの?

 うん。と言って買ってきた花を渡した。

 えっと、ありがとう。なんていう花?

 さあ知らない。と僕は答えた。

 それで。踊っていただけますか、マドモアゼル。

 どうしたの。まあいいけどさ。 やれやれといった感じで彼女が立ち上がる。ほんの少し、頬が緩んだような……。

 彼女の手を取る。踊ったことがないのでどうすればいいか迷った。右手も手を握るのか、腰に回すのか。結局腰に回して体を引き寄せた。

 彼女がようやくはっきり笑顔を見せた。 

 とりあえず左右にステップしてみる。足が動くタイミングが合わず、ふたりともバランスを崩す。おそらく経験者でなくとも、不格好なダンスなのは一目瞭然だろう。でも構わず続けた。

 こういうのって、音楽かけるんじゃないの?BGMがテレビのお笑いなんだけど。 彼女が至近距離でささやく。

 じゃあなにかかける? 僕は訊いた。

 んん、やっぱりいい。このままで。

 そのまま踊った。踊ったというより、ただ揺れたといっほうが正確かもしれない。結局、動きのバリエーションがすぐに底をつき、5分も続かなかったと思う。

 でも機嫌は良くなったようだ。良かった。

 
 結局、彼女の不機嫌の理由はというと、連休に実家に帰る、帰らない、という親との電話での言い合いだった。どおりで僕には心当たりがないわけだ。

 兎にも角にも、平和が戻って良かった。

 そういえば、あの赤い花はなんていう花なんだろう。あとでしらべてみよう。幸運の花かもしれないからね。
 

4/23/2024, 10:43:56 PM