田中 うろこ

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【あの日の景色】
あの日君は、見上げるほど大きくて、夕日の坂を一緒に降りると、先に歩く君が逆光できらきら光っていて、美しくて。何年経っても、瞳を閉じるとまぶたの裏に、目の前に大きく広がる夕陽の鮮光と、その光に透けてきらめいて揺れる髪。僕は一生を君と添い遂げるために産まれてきたのだと勘違いするくらいには、くっきりとしたフィルムがずっと貼り付いている。
歩幅は僕よりずうっと大きくて、ズカズカ進んで自転車を転がしては、僕の方を嬉しそうに見て待つ。その目に含まれている慈愛がいつしか身を蝕んでくるようになったのは、自分を呪いたくなるところだ。慈愛よりももっと深く、熱く求めて欲しいと思ったからだ。僕なしで生きられなくなればいいのになんて、およそ小五で抱く感情ではない。それでも、その当時は悪い事だとは思えなかった。愛は深くて大きいほど、良いものだと思い込めていたからだ。
「おーい、もう追いついたよ?」
それから五年後、高校一年生。君はもう社会人で、自転車を転がさない。その代わりに僕が自転車を転がす。成長期を終えると、クラスでは誰にも負けないくらい背が伸びた。君よりほんの少し大きいくらいの背、ちょっと長い足で君を真似ながらズカズカ歩く。君は疲れていそうな顔でゆっくり着いてくる。夕暮れの帰り道はあの日よりもずっと短く感じて、少し寂しい。だから、あの日の景色を思い浮かべて、君を待つ。
「まさか追い抜かれるとは思わなかったよ〜」
そう言いながら、重たげなカバンを僕の自転車のカゴに乗せて、小走りで僕の前へ出た。
「ちゃんと前を見るんだぞ、少年!」
そういう笑顔は、昔と何も変わらない。そして僕はハッとした、今の君を、まるで見られていないこと。目の前にいる君は、大人になった、僕よりずっとだ。だから、一生追いつけない。
「……よし! よくできました!」
僕より低い肩から手が伸びてきて、頭がよしよしと撫でられる。いつまでたっても、君は君でしかない。だから僕は、君をずっと大好きなんだ。


7/8/2025, 2:49:59 PM