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書く習慣:本日のお題「不条理」

理不尽が好きな人はあまり多くないと思う。理不尽な顧客や上司に対する愚痴がSNSの海に無数に漂っている。もちろん私も上司の理不尽な振る舞いにカチンと来ることがある。

でも、不条理ホラーは好きだ。

人からもたらされる理不尽はムカつくし受け入れがたいが、不条理な怪奇現象を扱ったホラー映画は面白い。怖い場面では目をつぶるビビりだが、それでも怖い話が好きだ。自分の周りにも実は怪異が潜んでいるかもしれないと思うとわくわくする。でも事故物件に住むバイトとかは怖くてできない。自分の身に何も起きない安全圏から、恐怖のエッセンスを楽しみたいのだ。

小さい頃は、夏にやる心霊特番の「あれは一体なんだったのでしょうか……」と終わる再現ドラマが許せなかった。「すっきりさせてくれよ!」と母と二人でモヤモヤしていた。今にして思えば、当時の私にはネガティブ・ケイパビリティ(わからないものをわからないまま受け入れる力)が足りなかった。

しかしながら、「ゲストに幽霊が憑いている」と言ってお祓いを始める霊能力者のコーナーはなんだか全然怖くなかった。妹が霊能者のモノマネをして「正〜直に出てきなさい」とテレビの前で完コピするのだけが面白かった。

お祓いコーナーで冷めるのだから、もし尺の短い心霊再現ドラマで原因究明・すっきり解決までやっていたら、それはそれで無理やりオチをつけたと感じて冷めていたかもしれない。理不尽な視聴者である。

不条理ホラーを観ていると、もし自分が理不尽な思いを抱えて死んでも、後から憂さ晴らしする手段が無限に残されているんだと希望さえ持てる。生きている間は「自分がされて嫌なことはしない」とか色々自制していたが、死んだらそんなしがらみもなくなるからやりたい放題だ。面白半分に現場に踏み込んできた奴にはもちろん取り憑くし、その他ちょっとでも縁があったらフットワーク軽く取り憑いていきたい。

不条理ホラーの怪異側になりきって想像してみたら、生きている側にとっては不条理でも、怪異には怪異なりの論理があって動いている可能性が見えてきた。

生きている人間は確実に助かりたいから、怪異の恨みを晴らしてやろうとか強制的に消し去ってしまおうとか対策しようとする。しかし怪異側としてはやっと自分のターンが回ってきたのだから、死んだ後まで他人の都合に合わせてやる義理はないというわけだ。

そう考えると、自分を不条理扱いする人間こそ、怪異にとっては理不尽なのだろう。

3/18/2026, 1:45:23 PM