黒咲由衣

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「神様、どうか、あの夢のつづきを、見せてください」
今日もまた、海に向かって祈る。

それは私が4歳の時だった。
初めて1人で電車に乗って、おばあちゃん家に行った。
そんな大層なものではない。県内だし。
大人にとってはそこまで遠くない距離。それでも、
幼い当時の私からしてみれば冒険に他ならなかった。

父も母も、私のことが心配だったと思う。
カバンと、地図と、お守りと、
何かあった時の小銭と、名前と住所を書いたメモと…
とにかく、色んなものを持たされた。

そのお陰で私は無事におばあちゃん家まで
辿り着くことが出来た。
そこで私は2泊3日だか3泊4日だかして、
帰りはおばあちゃんと一緒に帰る予定だった。

久しぶりに、おばあちゃんに会えたことは嬉しかった。
…でも、良い思い出は無い。

私が着いて次の日か、その次の日か…
正直、記憶が曖昧なのだが、
大型台風の進路が逸れ、私の家に直撃したのだ。
その際に起きた津波により、両親は家ごと流された。

あんなにいつもニコニコしていたおばあちゃんが
柄にもなく涙を流していた姿をよく覚えている。
私がその意味を理解するのは数日経ってからだった。


──あれから10年以上経った今。
私は、慣れない仕事に心身共に疲弊し、
家に帰っては、泥のように眠る日々を過ごしていた。

そんな日々のストレスからか、最近、同じ夢を見る。

気づいたら海の中にいて、目の前には両親がいて。
何も言わず、ゆっくりと海の底に沈んでいくのを見る。
私も両親を追って泳ごうとするが、うまく泳げなくて。
どんどん距離は離れて、いつしか見えなくなって、
私の叫びも、涙も、海の中に溶けて………

そんな夢。とても怖い夢。

最近毎日こんな夢を見る。
そして毎朝、目覚ましと大粒の涙に起こされる。

これは夢だ、疲れているだけなんだ、と言い聞かせる。
ただその傍ら、どうして今更?とも思っていた。


──数日後。

またこの夢だ。
夢だとわかっているのに、覚めることが出来ない。
ああ、冷たい。暗い。寂しい…。

お父さん。お母さん。
今日も海の底に沈んでいってしまうんでしょう。
もうわかってる。もういいよ。もうつかれたよ。
毎日毎日、こんな夢。
もう追いかける元気すら、なくなっちゃったよ…。


…えっ?
お父さん、何?
お母さん、何?
何て言っているの?
聞こえない。もっと近くで…
ねえ、行かないで。どうして…


いつもの目覚ましで目が覚めた。
だけど今日は涙に溺れていなかった。
両親の口が動いていた。これは初めてのことだ。
まるで何かを伝えたかったかのように。
あれはなんだろう?
もっと近づければ聞こえるのだろうか。
それとも、読唇術でも勉強してみようか。

どちらにせよ、またあの夢を見なければ。
何時しか私はそんな使命感に駆られていた。
怖かっただけのこの夢が頭から離れない。


しかしその日から掌を返すように、
あの夢は毎日見れなくなっていった。
1週間に1回。1ヶ月に1回。
頻度はどんどん落ちていったが、
対比するように夢の中の記憶は鮮明になっていった。

あと少し、もう少しで聴ける。あと1歩届かない。
だから今日もまた、両親を一夜にして奪った
あの忌々しい海にお祈りをするのだ。

「神様、どうか、あの夢のつづきを、見せてください」












嗚呼、我が娘よ。
お前も一緒だったら良かったのに。

1/12/2025, 2:06:30 PM