一ノ瀬

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 先輩は優しい。それは慈悲であり、寛容でもある。もし雪山で誰かと遭難したとして、先輩は自分の食糧を一つ残らずその人にあげてしまうだろうし、難破船で救命ボートが足りなくなったら躊躇うことなく自分の分を差し出すだろう。
 同時に、先輩の優しさはひどく暴力的でもある。それはやはり慈悲であって、また憐憫とも言う。相手がどう思おうと、たとえ救いを必要としていなくても、その優しさに苦しもうとも、先輩には関係がないのだ。先輩の優しさはそういう類のものだった。
 先輩の優しさは、誰にも何も期待していない故のもので、自らがそうしたいと、当然そうするのだと思うが故のものなのだ。
 ただかなしいなと思う。どれだけ神様じみていても、先輩はただの人間だ。僕は神様たる先輩の恵みに救われた信奉者でありながら、自らを全くと言っていいほど省みない先輩のことが、時折ひどく恨めしい。
「君は優しいよね」
 そんな先輩に言われるその言葉に、価値なんてこれっぽっちもない。先輩の優しさに比べれば、他のすべては微々たるものだ。
「そんな君だから、私も優しくするんだよ」
 嘘つき。だけどやっぱり先輩は優しいのでそんなことを言うし、僕は先輩に少しでも優しさを返したいから傷つけるようなことは言えないのであった。

1/28/2026, 6:14:32 AM