東京から電車を乗り継いで四時間、久しぶりの田舎の風景は何一つ変わっていなかった。山と田んぼばかりの緑一面。つまらない景色だ。やかましいばかりのセミの声と、都会より多少マシだが焼けるような日差しがホームに降りた私を出迎える。私以外に誰も下車しない駅を出ると今度はセミではなく人の声が私を出迎えた。
「おかえり」
「おう」
何年ぶりかの妹との会話はそれだけで終わった。狭い軽自動車に乗り込み、他に誰もいない道路を走り出しても、エアコンの利いた車内に会話は生まれなかった。
妹とは特別不仲というわけでもない。まあ仲が良いとも言いづらいが。ただ、何を話したらいいのかわからなかったのだ。普通の帰省ならば土産話や近況の一つでも語り合っただろう。しかし今回は普通ではないのだ。
親父が死んだ。
先日、ガンが進行してそのまま逝ってしまったと、すすり泣くおふくろから連絡を受けた。私は取る物も取りあえず、仕事を打ち切って実家に帰ることとなったのだ。
働き者の親父だった。仕事も家のことも熱心に取り組んでは自分でやりたがる性分の人だった。私が幼い頃は妹ばかり贔屓にされているような気がしていた。喧嘩すれば必ず私が悪いことにされ、叱られるのはいつも私であった。終いには妹が嘘泣きしても親父は妹の味方であった。だから私は親父があまり好きではなかった。高校を卒業すると同時に家を出て、東京に行ってからはほとんど帰っていない。ガンになってからの見舞いもほとんど行っていない。
あれよあれよと言う間に葬式が終わり、灰になった親父を骨壷に収めていると、ようやく実感が湧いてきたのか、私は帰ってきて初めて涙を流した。好きではなくても、やはり家族は家族なのだと改めて認識させられた。妹はそんな私を見ようともせず淡々と骨を壺に収めていた。
そして忌引き休暇の最終日の朝、シャベルを担いだ妹が私に一枚のルーズリーフを渡してくる。そこには親父の字でこう書いてあった。
俺が死んだら畑のビワの木の下を掘れ。兄妹二人でな。
「なんだこれは」
「遺言でしょ。兄、掘って」
「こんなメモ書きみたいな遺言があるか。ていうか、俺は今日東京に戻んなきゃならないんだよ」
「だからさっさとやるよ」
仕方なくビワの木の下を掘っていると、すぐに滝のように汗が吹き出てくる。真夏に死んだ親父を恨みつつ、力仕事を嫌がる妹と交代で掘り続けると、アルミでできた汚い箱がでてきた。
中には汚れたガラクタやオモチャが入っている。よく見ればそれらは妹との喧嘩の原因になったものばかりであった。喧嘩をするたびに親父にオモチャを没収されていたが、まさかこんなところに埋めていたとは思わなかった。箱の中には写真も入っていた。写真の中には幼き日の私と妹が肩を組んで笑い合っていた。
「……嘘泣きしてごめんなさい」
振り返れば妹が泣いていた。親父が死んでも泣かなかった妹が泣いて謝っている。
朝から茹だるような暑さの蝉しぐれ。私は汗で濡れた妹の頭を優しくなでてやった。
妹が泣き止んだあと、私たちは一枚の写真を撮った。その写真を親父の仏壇に添えて私は東京に戻った。私と妹が、あの日のように笑って肩を組む写真を……。
完
お題:遠い日の記憶
7/18/2023, 8:50:08 AM