sairo

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気がつけば、奇妙な空間に横たわっていた。

意識を失う前の出来事を思い返す。
家に帰って、ベッドに寝転がり。そして確か、その後に。
ポケットを漁れば、黒いスマホが一台。
電源をいれると、通知が一件。
ただ一言。

たくさん楽しんでね。と。


メッセージ欄を開く。話の内容を辿る。
お互いの近況。学校の事。部活の事。友達の事。
まるで遠くにいる友達とのやり取りに似ているそれ。
そうだった。学校がつまらないと愚痴をこぼし、人間関係がめんどくさいと嘆いた。
思い出した。ずっと聞き役にまわっていた、心配そうに相槌を打っていた相手が、最後に送ってきたのは。

たいくつ?刺激がほしいの?
ならさ、家くる?
張り切っておもてなし、させてもらうからさ。


「…誰だよ。こいつ」

知らない相手。
『マヨイ』なんて名前、聞いた事もない。
なのにそれをまったく気に留めていなかった。

立ち上がり、辺りを見回す。
ずいぶんと変な場所だ。最近の流行りを全部ぶち込んだような。ごちゃごちゃ感。詰め込み過ぎて目が痛くなる。

目の前には扉が一つ。
知らない相手は、楽しめと言った。ならばこの先がそうなのだろう。

退屈な毎日。くだらない人生。それを一変させる何かがこの先にある。
取っ手に手をかけ、ゆっくりと開く。
軽い扉。音もなく開いて。
微かに聞こえる音。段々と大きくなり。

そして、


「………え?」

開けた事を、心底後悔した。

バケモノ。
つぎはぎの肉の塊。無数に生えた白い手足と、埋め込まれたたくさんの目玉。手のひらの口が好き勝手に喋り出す。

一歩、後退りした瞬間。
目が、一斉にこちらを見た。

「ーーーっ!」

背を向け、走り出す。

あれが何か。ここは何処か。何一つ分からない。
退屈な日常に刺激を求めてはいたが、こんな恐怖は望んでいなかった。
逃げなければ。出口を探さなければ。
帰らなければ。
後悔しても、もう遅い。

今はただ、泣きながらも走るしかなかった。




「いいね。いいね。みんな楽しんでくれているね」

無数の扉から漏れ出る声を聞きながら、童子は笑う。
その手には、所謂怪奇小説と呼ばれる本を持ち。文字を辿りながら、歩いていく。

「最近の人間達は刺激に飢えているのが多いなあ。そっち関係には詳しくないけど、お招きしたからには全力で応えないとね」

頁を捲る。本の内容を参考に、怪異を創り上げ扉の向こうに配置する。

「…あれ?」

不意に、足が止まる。
振り返り、背後に立つ人の姿を認め。
本を投げ出し、満面の笑みで駆け寄った。

「いらっしゃい!また来てくれたんだ」
「いつものやつ、よろしく。あと、これは今日のお礼」
「やった!あいすけーきじゃん!ありがと。いつものは、あっちの白い扉ね」

差し出された紙袋の中身に小躍りしながら、あちらと奥の扉を指差す。
ふらふらと扉に向かい歩いていくその背を見送って、いそいそと机と椅子を創り上げた。椅子に座って紙袋の中身を出し、一口齧る。

「っ最高!やばい、美味しい。ちょっとサービスしておこう」

白の扉に向けて指を指す。以前知った足湯なるものを追加して。
早速足湯に浸かるその人を覗き見て、満足げに頷いた。

「いっそ温泉創ろうかな。疲労回復にいいって聞くし。常連さんにはこれからもご贔屓にしてもらいたいからね」

ケーキを食べながら、構想する。忙しくはあるが、それが今はとても楽しい。


マヨヒガ。山奥から電子の海に棲家を移した童子は。
今日も今日とて、迷い込んだ《誘い込んだ》人間をもてなす為、忙しなく動き回っている。



20240712 『1件のLINE』

7/12/2024, 10:35:52 PM