NoName

Open App

秘密の手紙(オリジナル)

玄関のドアを開けたら、目の前に人が立っていた。
シルクハットにロングコートという、マジシャンや吸血鬼のような格好の、長髪の男である。
コスプレ趣味の人かもしれないし、普通に危ない人かもしれない。
「わ!すみません」
とっさに頭を下げて顔を隠した。夜で明かりが少ないとはいえ、今は見られたくない顔をしていたからだ。
なのに、その男は去るどころか、
「お届け物です」
と言って、真っ白な無地の封筒を差し出してきた。
とても配達員には見えないのだが?
疑いながらも受け取ると、その封筒、切手もなければ消印もない。
宛名に「さっちんへ」と書いてある。
心臓が跳ねた。
その呼び名を知るのは幼稚園が一緒だった人だけだ。
差出人名の記載はない。
震える手で封筒を開けると、封筒がふわりと消えた。
「は?え?」
「さっちんへ」
いきなり、声が聞こえてきた。
ああ、この声は。
「元気にしてるか?久しぶり。実はずっとさっちんに言いたいことがあったんだけど、言う機会がなかったから、こうして手紙にしています。昔はよく一緒に遊んだよな。中学生くらいまでかな。すごく楽しかったよ。高校の時、俺が野球で忙しくなると、あまり会えなくなったよな。君はゲーム研究会で、俺たち、趣味も嗜好も正反対で、でも、それがまた楽しかったんだけど、交われる時間が本当に少なくなって。本当は寂しかったんだ」
「………っ」
「周りは君のこと、生きる世界が違うとか相応しくないとか色々言ってたよな。そんな風に言われたから、あえて遠ざかったんだろ?実は俺もなんだ。君を悪く言う奴らに君が絡まれたらせっかくの学校生活が楽しくなくなっちゃうんじゃないかって申し訳なくて。今思えばもっとガツンと言ってやるんだった。本当はすごく悔しかったんだ。君は優しいし、心から通じ合える友達だって思ってたから」
彼は野球部のエースで、王道を歩む男。自分とは違う世界の人間だと高校で思い知らされた。隠キャな自分が彼に相応しくないのはその通りで、自分ではない人間が彼を幸せにしてくれと願っていた。
「俺の活躍、応援してくれてたんだってな。何で知ってるかって?俺たちの母親、スーパーで良く会うらしいぜ。立ち話で色々情報交換してるって。新聞雑誌の切り抜きとかバレてるからな。試合にも欠かさず来てくれてたって聞いた。逆に何がそっちにバレてるか、ちょっと心配だけど」
羞恥で顔が一気に赤くなる。
うちの親は何も話してくれなかった。
「だから、ずっとありがとうって言いたかった。寂しかったし、また一緒に遊ぼうって言いたかった。まさか言う前に死んじゃうとは思わなかったからさ」
そう、今日は彼のお葬式だった。
散々泣いて、目が腫れていて、ひどい顔だと思う。
枯れたと思っていた涙がまたとめどなく溢れてきた。
「どうか幸せでいてください」
声はそこで途切れた。
手紙はその文で終わりのようだった。
「かずくん…ばか…やろう…が…」
彼の幸せの方をこそ祈っていた。
なのに、死んでしまうなんて。
そして、こんな一方的な手紙なんて寄越して。
返事が送れないじゃないか。
手紙を届けた謎の男は、満足そうな笑みを浮かべて、
「心残りがあると成仏できませんから、そういう人間を助けるべく活動しております。私こういうものです」
名刺に『最期の手紙配達員』とある。
彼は挨拶をするようにシルクハットを脱ぎ、
「実は聡様にお願いがあ」
まで言ったところで、別の声が割り込んだ。
「あああああ!!貴様ぁぁぁ!!!」
宙をすっ飛んで現れたのは、手紙の主。
「かずや?!!?」
玄関先に到着すると、シルクハットの男の首を絞めんばかりに胸ぐらを掴んで激しく揺さぶった。
「もう会えないと思って書いた手紙なのによくも届けてくれたな!こっちを選ぶなら渡さないって言ったじゃないか!クソが!」
男はヘラヘラと笑っている。
「まあまあ、素面じゃ言えない素直な気持ちを伝えられたんだから良いじゃないですか」
「良くねぇぇぇ!!!」
「あの?かずくん?」
「あー。聡ごめん。実はこんな感じに幽霊になっちまったんだけど、こいつの仕事を手伝うことになったんだ。そんで、生身の人間の家を拠点にしなきゃなんないって言われてさ、聡しか思い浮かばなかったんだけど……」
僕は泣いたら良いやら、笑ったら良いやら複雑な顔つきになってしまったけれど、さっきの手紙の中身と自分を選んでくれた嬉しさもあって、
「いいよ!」
笑顔で即答していた。
彼が亡くなってしまったのは本当に悲しいけれど、手紙の返事の代わりに、彼が成仏するまで、たくさん幸せにしてあげられればと思う。

12/4/2025, 3:47:01 PM