「いや! ちーちゃん、自転車乗りたくない!」
私の娘、千華(ちはな)が駄々をこねる。
「もう! 恵菜ちゃんも紗奈ちゃんも補助輪なしで乗れるでしょ! いいかげん、補助輪なしで乗れるようになりなさい!」
と怒鳴ってしまってからこうなのだ。
怒鳴ってしまって悪かったが、千華はもう6歳。
乗れてもいい年齢なのに、補助輪と支えがないと無理なのだ。
「まあまあ…。とりあえず、補助輪なし、支えありでやってみようよ」
夫が嗜める。
それでも千華はやるつもりがないようだ
「いやぁぁぁぁぁ!」
とジタバタしている。
「ほら、とりあえずやるよ!」
夫と協力し千華を自転車に乗せる。
ギーコ、ギーコ、とこいでいると千華が転んでしまった。
「なんで後向いたの?」
「だって、ママがちゃんと支えてるか、不安になって…」
疑り深い娘だ。
私もよく「疑いすぎ」と言われるから、私の血を受け継いでいるからだろうか。
「はい! もう一回やるよ!」
1時間後…。
「支えてるよね!」
「支えているよ」
振り向かず、千華が言う。
「支えてるよね」
「支えてるってば」
気づかれないように、手を離す。
「支えてる?」
「支えてるよ〜」
いつか、こうやって一人で歩いて行くんだろうな。
「支えてるよね〜」
「うん」
私の支えや、補助輪なしで。
「絶対支えてるよね!」
「もちろん」
そうなるまで、私がこの子の補助輪なんだ。
「支えてるよね〜!」
千華の声が、小さくなっていく。
遠く遠くなっていく声が。
そうやって、大空に羽ばたくんだ。
私の娘は。
『遠くの声』
4/17/2025, 6:06:37 AM