愛颯らのね

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お題 風に身を任せて


今日も風に身を任せて歩き始める。

毎週土曜日。

最低限の荷物とカメラだけ持って、ふわふわと歩き出す。

どこに行くかは決めていない。

ただ何も考えないで、風の声を頼りに歩いていく。

時々立ち止まって、カメラを構える。

うん。いい感じ。

なんとなく来てみた少し高いところにある公園から撮った
私の住む町の写真。

あまり好きな町ではないけど、写真撮して見ると綺麗だった

カメラは表面上の世界しか映せない。

それが羨ましく思うこともよくある。

そんなことを考えながら、近くのベンチに腰をかける。

ひと休憩というやつだ。

すると、こんな時間に珍しく私と同じくらいの歳の男の子が
前から歩いてきて、なぜか私の隣に座った。

それでも私は驚かない。

私は彼を知っているから。

『相変わらず朝早く撮ってるんだね。』

「早いっていっても、もう7時になるよ?」

『今日は僕が少し遅くなったからね。』

「いや。そもそも約束とかしてないし、なんでここにいるの がわかるの?」

『なんとなくだよ。今日は風が教えてくれた。』

「なにそれ。」

突拍子もないことを言われてふっと笑ってしまう。

私が笑えるのは、晴れている土曜日の朝だけ。

しかも少し変わった君が来た時限定。

それ以外の世界は面白くない。

ただ辛いだけの世界。

そんな世界から出たくて、土曜日の超早朝
まだみんな寝てて世界が動いてるかも分からないような時間

そんな時間の写真をいつも撮っていた。

ある日いつも通り写真を撮ってたら、不意に強い風が吹いた

砂埃は目に入りそうで目を瞑る。

風が止んで目を開けると、誰もいないはずの時間、
私だけの世界の時に、1人の青年が立っていた。

透き通りそうな白い肌に、少し茶色がかった髪の毛。

淡く笑みを浮かべながらこっちを見ていた。

『君は、こんな時間に何をしているの?』

「君こそ。まだ普通の人が動く時間じゃないよね。」

『じゃぁ、僕は普通じゃないのかもね。』

「それじゃ、私も普通じゃないかも。」

お互い顔を見合せて笑顔を零した。

あぁ久しぶりに笑えたな。

それから私たちは、予定を合わせるわけでも、連絡を取るわけでもないけど、時々誰もいない世界で君と二人で会っていた。

その時間が私にとって1番楽で楽しくて幸せな時間だった。

こんな時間がいつまでも続いて欲しかった。


この次の週に来たのが、君じゃなくて
君のお兄さんで、お兄さんから
風が君を遠くの遠くまで連れて行ってしまったなんて
聞くことを今の私は知る由もなかった。


5/14/2024, 11:22:12 AM