イブリ学校

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放課後あいつのお墓を尋ねる

 ある夕方親友のあいつは交通事故で死んだ。あいつが死んだとき俺は今と同じように少し冷えた空気の漂う土手の上の通学路から無味無臭の夕日を眺め下校していた。あいつは死ぬとき何を考えていたんだろう。
「ゆう先輩、お久しぶりです」
後ろから肩の小さい黒髪に焼けた肌の似合う後輩の智美に呼ばれ、表情を考えながら気さくに振り返って返事をした。
「先輩、これ以上先輩が辛くなるようなことはやめてください。私は先輩の味方です。」
「トモありがとう、でも大丈夫もう立ち直ったから」
バレないように完璧に返事をできたと思ったが、感の鋭いトモには見透かされてしまっていた。だが実際俺はあれからすでに少しは立ち直ってきてはいた、あと少しなんだ。それから俺は気を遣わせないように、昔のように二人でくだらない話をしながら家の近くまでトモを送った。別れ際トモは俺に体当たりを食らわしたあと、「心配してるのに、先輩のわからず屋ー」と吐き捨てながら手を振って家に向かっていった。それを呆然と見送ったあと俺は少し笑い、あいつの墓に向かった。
(本当にいい友達を持った。思い返せば死んだあいつもいい友達だったな...本当に...。)
そう心のなかで考えながら俺は雨風で歪んでしまった白いボーダーの上を歩いていた。瞬間、耳元でもう遅いと知らせるようなけたたましい轟音が響き俺の視界は宙を舞った。

 「おーい裕貴起きろ。ゆっきー駅過ぎるぞー」
「うわああああああぁぁ......は?」
田舎を通る通勤時間なのに人がそれほど多くないのどかな電車の中で、俺は隣の車両の人間まで振り返るような奇声を上げた。隣で座る性格に似合わない柔らかく長い髪に透き通るような肌で制服姿のあいつは引きつった顔を浮かべたあと笑いをこらえながらそそくさと電車を降りていった。俺は何が起こったか分からず、あいつの後を追って電車を降りた。ホームの外に出ると大爆笑のあいつとよくわかっていなさげなトモが待っていた。
「あっせんぱぁ...ええええ先輩大丈夫ですか?」
トモに驚いたように顔を指差され俺はそこでようやく目から涙が次々溢れていることに気づいた。だが俺はなぜこんなに涙が出るのかわからなかった。ただ分かるのはその涙がとても暖かいことだった。
「ギャハハ号泣だこいつー」
「美幸先輩心配してあげてください」
「なんだコレ止まらない...」

 「ゆっきー結局頭大丈夫だった?さっきネジ落ちてたけどあれゆっきーのじゃない?」
「あーそれ友達の非常事態に笑うクソ野郎のこめかみだわ」
「裕貴先輩も美幸先輩も仲良くしてくださいね」
何故か久しぶりに楽しいと感じる三人でのいつも通りの下校中、もう夕日が差しているというのにあいつはまた朝の話題を振ってきた。結局あいつはその日1日中何度もその話題で笑っていた。そんなあいつに辟易しているとトモがなにやらもじもじ言いにくそうに話しだした。
「先輩、もしかして誰かに振られたとかですか」
「えぇ全然違うよ。まじでわかんないんだよ。」
そこでトモは何故か安心したような顔をした。そして一つ間をおいて「前からお二人に聞きたかったことがあるんですけど」そう前置きを言いながら話した。
「二人ってお互いのことどう思ってるんですか」
俺とあいつは少し考えてから答えた。
「私はいい友達かな」
「俺は普通の友達」
「そうですか、すいません変なこと聞いちゃって」
俺達は何か気まずい雰囲気を取り繕い、そこからはまたくだらない話をして途中あいつが別れて帰った。

なぜだか冷や汗が止まらなかった。気味の悪い紫が含まれた夕日が横でボヤボヤと沈んでいく中、俺とトモは土手の上を一緒に歩いていると、トモは突然
「先輩今日うち来ませんか。今日実は親がいなくて…」
「え」
俺は冷えた風が流れる中、垂れる汗を拭いながらなんとか返事をした。
「先輩、私…」
「ちょっとまってくれ」
何かを忘れている気がする。俺はふと太陽の方を見た。その無味無臭の夕日を見たとき、俺はあの時の後悔が蘇り恐怖した。
「智美ちゃん、悪いこれ持っててくれ」
そう言って俺はすべてをかなぐり捨てて走り出そうとした。瞬間、俺はトモにおもいっきり腕を掴まれた。見るとトモは紫の夕日に照らされ不安げな顔で俺を見つめていた。俺はそれでも「ごめん。」そう言い、力づくで腕を振り払って走った。別れ際トモは
「本当にごめんなさい...頑張って。」
掠れるようにそういった。顔はよく見えなかった。

 俺はもう後ほんの数分で沈んでしまう夕日を横目に冷たく硬いアスファルトを走った。足に伝わる衝撃が、無力さを嘆いた自分やこの世の無価値さを悟った自分を思い出させた。あいつが死んだのは夕方だった。もう遅いかもしれない。しかし、通る道すべてからあいつとの思い出が泡のように溢れ出て止まることはできなかった。一緒に水鉄砲で武装し、木陰でカードゲームをした、二人乗りの自転車で最寄りのスーパーまでゲームを買いに行った、それらすべてが夕日の影に触れては弾けて消されていった。もう後数秒で日が沈む。やめてくれ。美幸のいない世界は嫌だ。

 そして事故現場の数メートル手前までついたとき、

「ドン」

と虚しい大きな音がした。
俺が駆け寄ると車は逃げ去りこめかみから血を流した美幸を見つけた。俺はすぐに119に電話をし救急車を頼んだ。
「美幸、美幸、美幸起きてくれ!頼む!」
「ゆっきー?どうしたの。頭痛い」
「喋っちゃだめだ、体力を温存しないと。」
頭がパニックでうまく働かなかった。
「あーあたし事故ちゃったんだ。」
「大丈夫助かる」
「これ私の血?どうしよう。」
「大丈夫だよ」
早く来いよ救急車
「ねえゆっきー」
やめてくれ
「裕貴」
やめてくれ
「ねえ」
美幸の血は冷たいアスファルトにどくどくと流れ出し、あたりを赤く染め上げていた、夕日はもうすでに沈み、終わりを告げるような紫が空を支配し始めていた。遠くからか弱いサイレンが近づく音が聞こえ、あれが到着すればすべてが終わる、俺はそんな気がした。俺には言わなくてはならないことがある。
言わなくて本当にごめん
「…」
「美幸、好きだった。」
「あたしも」
「ありがとう、本当にありがとう」
「...」
美幸は笑いながら俺の手を握った

 定期的な電子音にアルコールのにおう少し硬いベッドの上で俺は目覚めた。トモがベッドに突っ伏しながら眠ってしまっていた。俺の顔からはまた、涙が溢れてしまっていたが、もうそれをいじる声は聞こえなかった。そしてもう一度「ありがとう」そっとそう言った。

10/13/2023, 4:39:39 PM