君の背中。
背中の傷は、逃げ傷というのだという。敵に背を向けて無様に敗走した者にのみ残る傷、ということらしい。背中の傷の一つひとつに軟膏を塗りながら背後で君がやわく笑う。
「実にお前らしいな、敗走兵」
「……君は顔面を大怪我していたけどね」
顔面の大怪我はいったいどれほどの誉れなんだろうね、皮肉っぽく言ってやろうと思った言葉は、傷を触る彼の指先の優しさに感化されたのか思いの外甘い色になっていた。ふふん、と不満を現す彼の鼻息もどこか甘い。
楽しげに傷をなぞる指先は、やわくて繊細でよく手入れがされているようだった。昔はもう少しささくれだっていて指の皮も固くて、荒れていた気がする。指の付け根には様々な武器によるタコなんかもよくできていた。
ふ、と自分の指を見る。記憶の中の彼の指の様に俺の手のひらは相変わらず手入れが足りてない荒れた手のひらだった。それでも、もうこの手のひらにタコも怪我もない。
「君の背中は、きっと綺麗なんだろうね」
「……お前よりはずっと、な」
ギシリ、とベッドが軋む音がして背後の彼が立ち上がる気配がした。放り投げていたTシャツを掴みながら振り向くと、彼は既に部屋のドアに手をかけていた。ありがとうと声をかけると、振り向かずにヒラヒラと手を振って去っていった。
2/9/2025, 4:35:52 PM