幼少の頃より、兄の級友の女子やその女子の姉などそれはそれは沢山の方に可愛がって貰った。実の姉履いたが、それ以上に愛情を注いでもらった。小学校に入学してもそれは変わらなかったが、私の同級生の女子やその兄弟姉妹からも可愛がってもらったことが唯一の変化だろうか。高学年になっても男子との交友だけでなく、女子の家へ遊びに行くなどの交友はまだ続いていた。妹の友達の女子とも遊ぶことも多く、普段から男女に拘わらず沢山の縁に恵まれていた。だからだろうか、性の自覚などは薄かったように思う。高学年であれば女子も男子も、誰々が気になるだの、好きだのと話を弾ませるものだが、私にはそれがいまいちピンと来なかった。優しくていつも良くしてくれる女子もいたが、クラスの女子や男子は私のことを同級生というより弟のように可愛がってくれていたからだろう。幼子があの人は優しいから好きだと、純粋な好意を向けるそれに近かった。中学生になってもそれは変わらず、人として好きという認識がとにかく強かったように思うが、それでいてたとえそれが男子でも女子でも誰かに取られるのが嫌だという変な嫉妬心も芽生えていたた。それは決して異性に好意を寄せると言ったような、恋心ではなく特別を奪われるののが嫌といったような事なのだ。
社会に出て、地元を離れ宮城に渡った私には人生これ以上ない環境の変化を身をもって味わった。そして、新規入場した作業現場での出逢いが私の人生を大きく動かした。一般的にどこの現場に入っても新規入場教育という、作業所規則や作業内容など基本的なことを受けるのだが、その現場でも例に漏れず教育が実施された。食堂での教育実施でいったがそこで出逢ったのだ。「女の子というのはこういう子のことを言うのだ」と雷に打たれたように衝撃が走り、食堂で只只その子のことだけを見つめていた。生まれて初めて「あの子が欲しい。絶対に僕のものにする」と、心から思えた瞬間だった。もちろんそれが恋なのかどうか、私には分からなかったが欲しいゲームやおもちゃのためならなんでも出来る子供心に近かったのかもしれない。普段はその子を見かけることもあまりなく、現場のどこで何をしているのかも知らなかったが母親や叔母も同じ現場で働いていることだけは分かった。毎日出勤しては目で追いかけ、瞼にやきつけてはその可愛さに釘付けになっていた。どうすれば近づけるだろう、仲良くなれるのだろうとあれこれ思案しては行動に起こせない日々に憂鬱としていた。
急遽、アスベスト講習を受ける事になった。グループわけされており、Aグループが終われば翌日にBグループが受講する流れになっていた。会社の同僚は工区が違ったためAグループで前日に受講済みだった事から、私はひとり他の会社の作業者とBグループで受講することになった。現場内に設けられた講習会場へ入室した時、既に着席して暇そうにしていた彼女が目に飛び込んできた。すると、彼女の母親や叔母が「こっちおいで!この子の横に座りなさいな」と声をかけてくれた。サプライズに心躍らせながら彼女の横に着席して筆記具を机に並べたが、ドキドキと鼓動が早くなって受講どころではない心持ちだった。講習担当者による長く退屈な挨拶が終わるとカリキュラムが読み上げられたのだか、この講習が17時まできっちりあることを知って彼女との時間を楽しもうと決めた。そして、この日こそがチャンスと覚悟した。1時限、2時限と時は刻一刻と流れていく。勇気が出なかった。拒絶されたらどうしようなどと、分かりもせぬ先のことを考え始めてしまっていた。そして、3時限目が終わったタイミングで何もしないで後悔するくらいならば思い切って行動して後悔する方がいいと決心した。付箋にフルネームと電話番号、メールアドレスと簡単な挨拶を書いて小さく畳んで握りしめた。休憩からから彼女が戻ってきて、隣に着席する。そして両手を自分の太ももの横に置いてパイプ椅子を掴む。ビデオが映し出され照明が落とされ部屋が暗くなったところで、付箋を握った手で彼女の手にそっと触れた。すると、彼女が手を握ってきたのだ。柔らかく少し冷たい手が、私の手の甲をそっと優しく包み込んだ。すかさず手のひらを上に向け、付箋ごと彼女の手を握った。スクリーンを見つめたまま彼女の様子を横目に窺うと、彼女は付箋に気がついたのかそっと手を離した。
4時限目が終わった。どんな反応をするだろうかとドキドキしていると、私の耳元で優しく可愛らしい高めの声で「ありがと。今日から毎日メールするね」と呟いた。お昼ご飯は別々で食べたが、5時限目からはずっと手を繋いでビデオを眺め続けた。緊張から手汗が酷がったが、彼女も手汗をかいていたのか気にしていた。手を離しては2人揃ってズボンで汗を拭っては繋ぎ直しす。途中、彼女が優しく指を絡めてきた。所謂、恋人繋ぎと言うものであるが残りの時間をそうして楽しんだ。講習などまるで頭に入っていない。
それからは毎日メールをした。毎日帰ってから電話でもした。どんどん彼女に惹かれていくのがわかった。これが恋なんだ、異性を好きになるのはこういうことなんだと知った。知った途端に、彼女を想う気持ちが強くなった。2週間ほど連絡を取りあっていただろうか、告白をしなければならないと心の中で思ってはいたが動けない自分がいた。フラれるかもしれない、実はほかに好きな人がいるのかもしれない。純粋な優しさで私と接していて、私はそれを勘違いしているのかもしれないと又もウジウジと考え込んでいた。そんな私の好意に周囲は気がついていたという。彼女の叔母が「あんたいつまでウジウジやってんだい!男ならさっさと告ってキスの一つや二つしろ」声をかけてきたので、何故それをと聞くより早く私が彼女に恋をしているのは皆知っていると告げられた。そして、彼女自身も告白を待っているはずだからしゃんとしろと尻を叩かれた。そう言われると少し自信が持てたが、彼女がどう思っているかは彼女しか知らないわけだと屁理屈でまた後退りをしてしまう自分がいた。
夜勤専従のBグループ。私は20時のミーティングの後に、彼女へ決意を込めたメールを送信した。「5時に仕事が終わったら、厚生棟の食堂で待ってて」それだけを送信して、その日は仕事が終わるまでまメールを打たなかった。いつもは休憩の度にメールで会話を楽しんでいたが、その日は彼女からも連絡は来なかった。ドキドキとして、どこかふわふわとしたような気持ちで注意散漫にも程があったであろう。夕方に仕事を終えて厚生棟まで全速力で走った。彼女が待っている厚生棟へ息を切らして走った。彼女の家族や一部の人達はシャトルバスで通勤をしていたため、時間は差し迫っていた。厚生棟の引き戸を勢いよく 開け放ち階段を駆け上がり食堂の戸を開けると、相変わらず可愛らしい手顔で私を出迎えてくれた。
「あなたを人目見た時から恋をしていました。あなたの事を考えれば考えるほど恋に落ちていきました。あなたの優しい心、優しい声、優しい笑顔が大好きです。あなたを独り占めしたくて仕方がありません。結婚を前提にお付き合いをしてください」とありのままの想いを全てぶつけるのに勇気は必要なかった。彼女が私の言葉を笑顔で待っていてくれたから。そして彼女も私に想いを聞かせてくれた。「私もあなたのことが大好きです。初めて見た時から好きでした。頑張り屋さんで真面目で一直線。それなのにどこか子供のように無邪気で可愛らしいところがあって、その全てが愛おしいの。こちらこそ結婚を前提にお付き合いをしてください」と真っ直ぐで飾らない素直な想いを聞かせてくれた。
まだ暗い、広い食堂の隅で唇を重ねた。何度も啄むように優しく優しく、お互いに想いを込めて。時間が無いことを思い出して、ふたり顔を見合せた。見つめあって何度も何度も想いを伝えあったが、言葉だけでは物足りなかった。啄むように唇を重ねていたが、いつしか息を漏らし糸を引く口付けをしていた。初めての恋と初めての口付けは、息が上がるほど激しく愛に満ちていた。
シャトルバスが到着するまで、暗闇に二人きりで唇で想いを伝えあった。
2/5/2023, 9:37:57 AM