腹有詩書氣自華

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箱がひとつ、ぽつんとあったのです

ああ、ぽつん、と、まるで夜のなかの白い残月のように

か しゃり――ふたをあけると、
あの蝉の声がしました。
ひゅう、と風が鳴いて、ぼくの頬をひとすじ撫でてゆく

ぼくはそれをひとの気配と思い、
ぼくはそれを自分のなきがらと思い、

かたん、と閉じる。
箱は黙つてしまう
その沈黙のうちに、ぼくのおさない心臓がころがります

ころころ ころころ 
――わらっていたのはだれだろう?
めそめそ めそめそ
───なみだをきらっていたのは
ぼくだったろうか?

世界のはずれで、ひとつの箱が鳴っています。
ちりん、ちりん
――硝子のような鈴の音で
からん 、からん
──西瓜と共にあるビー玉目当てのラムネの様に

その音が、夜をそうめんのようにやわらかく縫いあわせて 、箱をひらかないようにしたのです


【題.秘密の箱】

10/24/2025, 10:33:01 AM