「真夜中」
ベッドに入ってからどのくらい経ったかわからない。
ただ、西側に見えていた月がもう真上まで来ているんだから、そこそこの時間は経過してしまったようだ。
……眠れない。もうすっかり真夜中なのに。
眠くなかったはずはないのに、どうしても眠りにつけない。
少しずつ焦ってくる。おまけに喉まで乾いてきた。
仕方ない。とりあえず何か飲むか。
自分は冷蔵庫の飲み物を取るために体を起こした。
冷蔵庫には何が入っていただろうか。
「おや……どうしたんだい???もうとっくに眠ったものだと思っていたのだが?!!」
……何であんたがキッチンにいるんだ?
「おにぎりが食べたくなって!!!ごはんが炊けるのを待っていたのさ!!!あと15分だって!!!キミも食べよう!!!」
おにぎり?
「うん!!!悪くないだろう?!!ほら、中に入れる具も選び放題だよ!!!たくさん食べるといい!!!」
……全く、マッドサイエンティストを自称するやつの考えはよく分からない。こんな時間におにぎりを食べたら間違いなく太るっていうのに。
「体重?!!そんなことを気にしていたら食べたいものが食べられなくなるぞ!!!今日だけでいいから体重のことは忘れたまえよ!!!」
まあいいか。
でも、何でいきなりおにぎりが食べたいなんて思ったんだ?
「アニメを観ていたら美味しそうにおにぎりを食べるシーンが出てきてね!!!ボクも食べたくなったんだよ!!!ちょうどキミも起きてきたことだし、今夜はおにぎりパーティだね!!!」
そう言いながら笑顔で準備を始める。
……楽しそうでなによりだ。
寝るまでの時間潰しにはなるかな。
「あ、もうちょっとでご飯が炊き上がるよ!!!楽しみだね!!!そういえば聞き忘れていたのだが、キミが一番好きなおにぎりの具ってなんだい?!!」
おかか。
「もちろんおかかも準備してあるよ!!!ボクの好きな明太子もツナマヨもある!!!色々組み合わせて食べると美味しいに違いない!!!」
あんまり食べ物で遊ぶなよ。
「はーい!!!」
「おやおや!!!もう炊き上がったようだね!!!それじゃあ、握りたまえ!!!火傷には十分気をつけるんだよ!!!」
炊き立てのごはんは見るからに熱そうだ。ごはんの中におかずを詰めて形を整えていく。……熱っ。
「まあまあ!!!そんなに焦らず!!!ごはんもおかずも逃げはしないからね!!!」
そんなことを言いつつも、自分よりも早くおにぎりを握っていく……自分よりも小さい手のひらで。
熱くないのか?
「熱いよ!!!だがマッドサイエンティストの端くれたるボクくらいのレベルになると忍耐力がつくからね!!!それを全力で利用しているわけさ!!!」
何かすごい技術でも使っているのかと思ったのに、耐えてただけなのか……。それはそれですごい気もするが。
「それほどでも……あるよね!!!」
「どうだい???食べたい具は詰められたかい???他の具のおにぎりもちゃーんと作ってあるから!!!気分が変わっても安心だね!!!」
「それじゃあ!!!真夜中のおにぎりパーティのはじまりはじまり!!!」
……いただきます。
「いっただっきまーす!!!……そう!!!これだよ!!!これが食べたかったのだよ!!!」
……美味い。毎度のことながら自称マッドサイエンティストが作ったとは思えない美味さだ。……いや、もしかして実は何か変なものが入っていたりするのか……?
「失礼な!!!冷蔵庫と棚に仕舞われていたものを使っただけだよ!!!それと!!!ボクがここに来てからどのくらい経ったかわからないが!!!疑うのが遅すぎるんじゃないかい?!!」
……悪かった。でもよくよく考えたら、あんたも食べるものに何か悪い物を入れるようなことはしないよな。
「その通り!!!さあ、こっちも食べるといい!!!めんたいチーズ入りだよ!!!」
めんたいチーズ……?と思いつつ食べる。
え……?……自分が握ったものよりも遥かに美味しい。
解けるようなのに、ふっくらとしている。
「さすがキミだね!!!違いのわかるニンゲンでよかったよ!!!どのくらいの力で握れば最高の旨さを引き出せるのかを計算して作ったからねえ!!!」
さっきは忍耐とかアナログっぽいことを言っていた気がしたのに、こっちはちゃんと計算しているのか。
「えへへ!!!もっと食べてもいいよ!!!」
そう言いながら、こっちに手を伸ばしてきた。
……別に構わないが、どうしてあんたが作ってないのを取るんだ?
「キミが握った分も食べてみたくてね!!!」
「美味しいじゃないか!!!おかか……なんだか懐かしい味だねぇ……。初めて食べたはずなのにねぇ……!」
そうか、よかったよ。
「……にしても、いっぱい食べたね!!!残りは明日の朝ごはんにしようか!!!ごちそうさまでしたー!!!」
ごちそうさま。
自分たちは後片付けをする。
洗い物をしながら、あんたはまだ何かしたそうな顔をしてこっちを見ていた。……流石にもうこんな時間だからもう駄目だぞ。
「やりたいことがあるのは正解だよ!!!もう一回キミの協力を必要としているのも確かだが、そんなに大仕事ではないから安心したまえ!!!」
なるほど。……だが何がしたいのか見当もつかない。
「ボクがしたいのは……キミのベッドで一緒に寝てみること、なのだよ!!!」
ベッドで一緒に寝る……?
「そう!!!眠れなくなっちゃった妹分の子を自分の使っている布団に入れてあげてあったかくして眠るっていうシーンをアニメで見たのさ!!!こっちもやってみたいなー!!!」
……いいよ。
「本当かい?!!ありがとう!!!」
片付けを終えて寝室に戻る。あんたも一緒に。
「おじゃましまーす!!!ここに入るのは何気に初めてだね!!!」
そう言いながらベッドにするりと入っていく。
……素早い猫みたいだな。
「ほらほら!!!早く寝るよー!!!」
促されてベッドに入る。
……そういえば、誰かとこうやって眠るのは随分と久しぶりだ。最後にこんな風に眠ったのはいつだったろう。
「えへへ、暖かいね!」
「今日はありがとう!また明日もよろしくね!それじゃあ、おやすみ。」
ありがとう、おやすみ。
こっちを向いたまますぐに寝息を立て始める。
自分はこっそりあんたの髪を触る。
ミントグリーンでふわふわの髪。
……見た目通り、いや、それ以上の触り心地だ。
髪の毛だと思えないくらいに柔らかい。
続けて桃色のほっぺたも触ってみる。
すべすべもちもち。生まれたての羽二重餅みたいだ。
それから小さい手のひらも見てみた。
この手でおにぎりを握ったり、色んな物を作ったり。
……そんな熟練の手には見えない。
小さいし、柔らかいし、見た目も触り心地も頼りない。
だが大体のことを器用にこなす。
自分の手のひらを見て思った。
自分もあんたくらい明るくて、器用だったら良かったのかな。
……なんてことを考えているうちに、いつもよりずっと暖かいベッドだったからか、あっという間に眠ってしまった。
5/18/2024, 6:09:37 PM