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恋物語

ハート型の葉っぱのライラックの花言葉は初恋の香り。

彼女はライラックの花を知らなかった。
花びらが5枚のライラックをラッキーライラックと呼び見つけると幸せを呼ぶという伝説を信じてライラックを探す青年が白いライラックの咲くテニスコートで彼女を見つけるという物語を聴いて憧れていただけであった。

何故なら彼女は白という色を知ることが出来なかったし、ライラックという花を見つけることも出来なかったからだ。

彼女の目は光を色を知らなくて、心臓にも重い病があったから、七つの初夏からほとんど病院で暮らしていた。

そんな彼女を毎日見舞ってくれる彼がいた。

毎日彼女の病室を訪れては彼女の母が窓際に飾る花の色を彼女に教えたり、病室の窓から見える空の青さを教えたり春には桜が咲いたよもうすぐ紫陽花が咲くよ薔薇が咲いたよ向日葵が咲いたよ楓が紅く染まったよ木蓮が花をつけたよと教えてくれた。

彼も心臓に病があり二人は互いに励まし合いながら生きていた。

そんな彼が彼女にラッキーライラックの話を教えてくれた…。

何時か君をライラックの咲く場所へ連れて行って、僕がラッキーライラックを見つけて君に贈るよ二人はそんな約束をした。

二人は、心臓の手術を受ける日を待っていた。彼女が少し早く手術を受けた。彼女は無事に心臓の大きな手術を終えて、その病室で彼を待っていた。

彼は訪れて、何時ものように明るく爽やかな声で彼女に語りかけた。

「僕も手術が決まったよ」
「良かったわ、早くよくなってラッキーライラック見つけに行こうね」
「そうだね、そうしよう」彼の表情が少し曇っていたことに彼女は気づけない。
彼は、極めて明るく彼女に言った。

「ひとつ、言わなきゃならない事があるんだ」
「なに?」
「僕は、別の病院で心臓の手術を受けることになって、暫くここに来れないんだ」
「えっ、何時転院するの」
「明日」
「随分急ね…」
「うん、君の手術が終わってから言おうと思っていて」
「暫く会えないけど、約束するよ僕はまた戻って来るから…分かった?」
「…う、うん分かった」
彼女は暫く考えてからそう答えた。
光を知らない彼女の目からはキラキラと光る涙が溢れていた。
彼はその涙に口づけた。


それから暫くして、彼の手術まで連絡を取り合っていた連絡が途絶え彼女は心配でいたたまれなくなっていた。

そんな、彼女の元にある知らせが届いた
「角膜移植のドナーが見つかりました」
彼女は不安になりながらどうして急にそんなこと?戸惑う彼女に両親は、
「これで、目が見えるようになれば、彼とライラックが見に行けるぞ」
「お願い、そうして」と促され彼女は戸惑いながらも手術を受けた。


手術は無事に成功した。
彼女の目に光は宿ったが、心は光を失った。
何故なら、彼女の目には彼の姿は映ることがないと知ったから。

彼女は悲しみの底に居た。
深い深い漆黒の彼を知る前から知っていた漆黒の世界よりもまだ深い漆黒の世界に彼女はいた。

そこで、あの懐かしい声を聞いた。

「よく聞いて、僕の声が君には聞こえるだろ、僕ならここにいる、君の目の中だ心の中だ、僕の手術が難しいものだと知った時から僕は君の中で生きると決めていた、だからお願い悲しまないで、僕と生きて欲しい」はじめて見る彼の顔は優しいかった。「これが、笑顔というものか…」彼は最後に笑った。

微笑みこう言った。

「僕をライラックの咲く場所に連れて行っておくれ、二人でラッキーライラックを見つけよう」


白いライラックの咲くテニス場でラッキーライラックを探す彼女の目の奥に彼はいた。

小さな恋物語


2024年5月18日

心幸




5/18/2024, 1:24:20 PM