澄んだ瞳(罪を暴く)
人の目で見えるものには、何かしら欺きがあるかもしれない。
心の目でよくよく観察しなさい。
欺きに惑わされる人間に成り下がるな。
………今はいない母親が、俺に口酸っぱく言っていた言葉。
「この子はわたしが引き取ります!」
「いやわたしだ! 遠い親族が出しゃばるな!」
「オレが引き取る! 血縁的にオレが最も近い!」
「どいつもこいつも! 私が一番後見人に相応しい!」
―――いやいや、何とも醜いね。
俺はそんな争いを尻目に、脇で灰皿片手に煙草をふかす。
ある会社の代表で、一代で財を成し順風満帆だった、俺と仲の良かった自慢の従兄。
その娘には祖父母、兄弟姉妹共に軒並みおらず―――天涯孤独の身に置かれた、まだ10歳前後の少女をどう扱うかで対立が深まっていた。
まあ従兄と言っても俺は母方の方で、この春就職したばかりの学生上がり。
結婚もしてない男にちっさい女の子を養育できるはずもなく、早々に蚊帳の外に出されていた。
両親亡くした上に、本人そっちのけで親族がこれでは相当参っているだろう………とちらりと彼女を見ると、全くもってけろりとしている。
「大丈夫か?」
何気なく声を掛けると、うん!と明るい一言が返ってきた。
「あいつらのあの調子じゃ先が思いやられるな。………強く生きろよ、これから」
「………。お兄ちゃんはお父さんの従弟でお友達だったね。良かったね、“ぼうかんしゃ”になれて」
「え?」
―――傍観者?
「お父さんがわたしに遺したお手紙、………何が書いてあったと思う?」
「………」
彼女が薄汚い口調で罵り合う親族に目を向ける。
「ひとごろしってね、罪が重いんだよ」
その真っ直ぐに澄んだ瞳が、俺の背筋を寒くする。
“娘を頼む”―――
それはこのことだったのか。
数日前に送られてきた短い手紙の内容を確かめる術は、もうない。
―――彼女と共に同じ人間とは到底思えない塊を遠くに見つめながら、俺は無言でその小さな肩に手を置いた。
END.
7/31/2024, 6:57:01 AM