私には、五人の主君が居る。
一人目は、西の果てにある国の王弟。
二人目は、権謀術数に長けた文官。
三人目は、智と猛を持ち合わせた老将。
四人目は、大王の偉業に最も貢献した名将。
五人目は、海を渡った東の果てにある島国の御子。
皆、もう亡くなった。
一人目の主君は、兄たる大王を支える為にいつも努められていた。
しかし、その将来の有望さから政敵に冤罪をかけられ、
戦地で殺されたそうだ。
まだ齢十七の若さであった。
あの時ほど無力を覚えたことは、生涯……無かった。
二人目の主君は、一人目の主君の、王弟の腹心であり、
兄の主君でもあり、私の才を見い出した方でもあった。
策略で彼の右に出る者を、私は知らない。
今思うに、王弟の死が彼の才を急激に開花させた。
彼は、いつも飄々として冷徹だったが寛容で、
下々の者を決して軽んじなかった。
三人目の主君は、多くの部下に慕われていた老将だった。
病に伏したと聞いていたが、頭脳も身体も衰えを全く感じなかった。
新参者の私を快く受け入れ、軍法から武術まで細かく指導して貰った。
寝台に伏し亡くなる直前まで、よく笑い、よく食べ、よく慕われていた。
四人目の主君は、人間を熟知し、戦の何手先までも見通す方だった。
そして、私が最も長くお仕えした方だった。
どの戦の戦法も隙が無く、何手先までも計算され尽くされ、
的確な指示に、熟練した部下たちの強さ、どこを取っても弱点が無かった。
その中で私は、間者として少しずつ功を重ねた。
やがて、彼のご子息の指南役として仕え、戦場でも仕えるようになった。
彼には、数え切れないほどの経験と恩を受けた。
感謝しても、しきれない。
五人目の主君は、幼き頃から遊び相手として、お側に居た。
本来なら、初めから彼に仕えるはずだった。
しかし、父が勢力争いに敗れ、失脚した。
父と連なる私たち家族は国を追われ、
海を渡った先にあるという、大陸の国に行こうとした。
しかし、生き残ったのは姉と兄と私だけだった。
姉が舞妓となり、兄と私はその店の下働きをさせてもらっていた。
そして、姉はある貴族の青年に身請けされ、
兄と私を養子にしてくれたのだ。
貴族としての一通りの教育を施してもらった。
そこからは先ほど記した通り、一人目の主君に仕えetc……。
四人目の主君が亡った後、私は故郷に海を渡り命がけの帰路に立った。
当時の私の歳は、齢三十。
故郷では、もうすぐ死ぬ年齢だった。
それでも、彼に逢いたかった。
幼き頃に交わした……彼との約束を守りたかった。
ひと目見て、彼だと分かった。
無我夢中で彼のもとに走った。
彼も、私をひと目見て分かったようだった。
互いに抱きしめ合った。
彼は、涙ぐみながら
「よくぞ、生きていた。本当に良かった。」
視界は、もうぼやけて何も見えなかった。
私は、声を絞り出し
「幼き頃、あなたと交わした約束を果たしに参りました。」
そこから、短い期間ではあったが彼に仕えた。
短くとも、本当に濃い時間だった。
そして、彼は死ぬ間際に呟いた。
「貴殿と交わした約束、覚えておるか?」
「勿論でございます。」
『私が死す時は、必ず貴殿がお側に居るのだぞ。』
『はい、必ず貴方様のお側に居ります。』
老人の声のはずなのに、幼子のような声に聞こえた。
彼は、その言葉に安心したようで穏やかな顔をした。
それが、彼の最期だった。
老人の昔話を最後まで、読んでくれたことに感謝する。
最後に言葉を贈ろう。
一生とは過ぎれば、本当にあっという間だ。
時には、生を手放すことだって有りだと思う。
ただ、これだけは忘れないでほしい。
たくさん失敗して良い、たくさん迷惑かけて良い、たくさん逃げて良い、
泥臭くて良い、情けなくて良い、生きてみて。
案外、人生は愉しく……どうにか成るものだから。
3/9/2024, 10:22:36 AM