踏青

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過去を振り返る度に、ある懐疑が私の中に呼び起こされる。それはつまり、私が過去に経験した全ては、虚構なのではないのか、という懐疑である。喩えるならば、ある文字を凝視し続けると、しだいに文字が解体されて、意味が、音が、そしてその形さえも失われ、始めから「文字」として留まっていたのか(いや、本来のそれは、文字ではなかったのだろう)すらも分からなくなるように…。私の場合、それは記憶にも適応されうる。ある物事について、その細部をよく思い返してみる。しかし、どうだろうか。これは確かだと、思い込んでいたものが時を経るごとに、しだいに薄れ、消え、忘却され───始めから、いや、始めなんてものが───私には、その対象が持つ性質が、それがそれであるための意味が、元は何か別のものであったように思われてならない。いや、そんなことはともかく、記憶は不確かなものだ。ならば、故人への悲哀や常住への憧憬は、全て虚構であったのか。あの時に感じた全てが、本当にあったことなのか。どこまでが不確かで、どこからが確かなのだろう。私が経験した全ては、事実であったに違いない。だのに、あの時の高揚が不確かに思えてならない。私が感じてきたことは、一体、何だったのだろう。

2/10/2026, 10:39:12 AM